「切ないボディホラー」サブスタンス Tiny-Escobarさんの映画レビュー(感想・評価)
切ないボディホラー
サントラだけを先に購入して、車で爆音で流す日々が続いておりましたが、やっと鑑賞できました。
傑作です。
監督のコラリーファルジャがハリウッドから一歩引いた目線で描くエンタメ業界は、滑稽でありながら洒落にならないぐらいグロテスクです。「わたしかわいそう」みたいなお説教めいた表現がないのも良いです。
ボディホラーとしては、血が見たくてやってきた私のような人間がキャッキャ言うには十分すぎるぐらいで、実際ちょっと胸焼けしました。CGは最小限で、特殊メイクや血のりで生身の表現が追求されています。特に注射針の場面はどうやったんだろうと思っていたのですが、あれは監督が自分の腕に実際に針を刺して撮影したようです。
映像表現も秀逸で、シャイニング、ザ・フライ、遊星からの物体X、キャリーと、様々な映画からモチーフをうまく持って来ているのも、監督の凄いこだわりがあってこそ。均整の取れたワイドショットに、あまり喋らない人物や、凶器のようにコツコツ鳴る足音は、映像も音響も一級です。
そして、ストーリーの展開は、予告編で想像していた以上に凄まじいものでした。
ジャンルはホラーですが、どこかコメディのようなドタバタ感もあります。
まずは、Amazonの宅配ボックスみたいなところに届けられるキットで、お洒落なデザインはかっこいいのですが、「必ず横になってから使用してください」みたいな注意書きぐらいは、あってもいいのではないでしょうか。エリザベスもスーも、顔面から前にぶっ倒れていて、不安になりました。
ハーヴェイがエビを食べまくる場面もどこか可笑しく、頭を取っ払って体だけをかじり取る描写は、まさに女優を見た目だけで機械のように食い尽くすエンタメ業界のようで秀逸なのですが、「さすがに一回黙るか、なんか飲めよ」と思ってしまってからは、笑いが止まらなくなりました。
※ハーヴェイを演じたデニスクエイドは、この場面のためにエビを2キロ食べたらしいです。元々のキャスティングはレイリオッタで、彼が亡くなったためデニスクエイドになったようですが、この場面はレイリオッタだと怖すぎたのではないかと思います。
エリザベスとスーも、お互いのことを他人のように扱い始める辺りから、なんかコメディぽくなってきたように感じました。
エリザベスは「あいつは好き勝手にしてルールを守らない」と愚痴り、スーは「私は働きづめなのに、あいつは食っちゃ寝しやがってよ」とキレる上に、二人ともそれをコールセンターにぶつけます。コールセンターの人は度々「You are one.」と言い聞かせていましたが、我慢強くて偉いです。
この下りを観ていてふと、君ら記憶は引き継いでないの? と不思議になりました。看護師はじっちゃんバージョンでもエリザベスのことを知っていたので、本来記憶は引き継がれるはずです。しばらくこの疑念は続いたのですが、自己嫌悪が加速して二重人格のような状態になっているのかと思い至ったときに、割と背筋が凍りました。人格が真っ二つに分かれているなら、お互いのことは見えなくなります。
ホラーとしてはドタバタ感が強いですが、心理的な部分は結構怖いです。というか、そっちがメインな気がします。
そして、ただ怖いだけではなく、切ない。
スーが看板を飾る中、フレッドの誘いに結局足が向かないエリザベスは、もう見ていられないぐらいでした。メールでフレッドから届く「Are you okay?」は、友達や話し相手がいないエリザベスに対して劇中でかけられた、唯一の心配の言葉です。
終盤、「あーもうめちゃくちゃだよ状態」になってから、イヤリングをつけたり、一束だけ残った髪の毛を巻いたりする様子は、それまでにエリザベスが通ってきた道を見ている以上、あまりにも切ない描写でした。
そして、自分の名前が刻まれたウォークオブフェイムの上で、ずっと値踏みされ続けてきた肉体から解放されたときの、エリザベスの幸せそうな表情。
こうやって並べて書いているだけでも、泣けてきます。
演じたのが、子供のころから色んな映画で観てきたデミムーアだからこそなのかもしれません。なんだか、フレッドの気分です。
※海外のレビュー動画で言及されていましたが、フレッドが電話番号を書いた紙は健康診断の結果で、彼はコレステロール値がめちゃくちゃ高いらしいです。
スーを演じたのはマーガレットクアリーですが、愛嬌とブチ切れのコントラストが素敵すぎて、この方が出る映画は全て観ようと心に誓いました。確か次はコーエンの「Honey, don't!」です。
鑑賞中は、こんなバービー人形みたいな人だっけと思っていたのですが、スーは胸などを盛って完璧な身体を作り上げたらしく、これ自体が人の求める「あり得ない完璧な身体」を皮肉っているようで、コラリーファルジャはハリウッドに中指立ててるなーと、後からしみじみしました。
2時間20分、普段は電気が点かない頭の奥底に、直に電流を流された気分です。
そして、私が男である以上、その理解にも限界がある気がしました。
スーが隠し部屋を作るためにプロ顔負けのDIYスキルを発揮しているのを見て、「スパークル工務店」でセカンドキャリアを築こうぜと思ってしまったので。
やはり男は、どこまでいっても男なのだなと。
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