「淋しいロシア人」ANORA アノーラ ざむざむさんの映画レビュー(感想・評価)
淋しいロシア人
そろそろ今年もオスカーの季節。去年の賞取りレースで5部門を獲得した傑作を未見というのはまずいと思って配信を探してみた。
「シンデレラの現代版」っていうキャッチフレーズは、どうよって思って映画館での鑑賞はちゅうちょしてしまっていた。
ロシア出身のストリッパーが偶然店をおとずれたロシアの大金持ちの御曹司と、拙いロシア語での会話がきっかけで親しくなり、「専属」として関わっているうちに、結婚の約束をするまでの一時間はアダルト版の「プリティ・ウーマン」なのだが、話がするっと流れていく。身分差のある男女の間のあるはずの葛藤が全然ないのである。かといってアノーラが御曹司イヴァンを落とそうと策を巡らすわけでもない。あくまでなんとなくである。実際の恋愛も、そんなもんだろうなとも思った。ただまあニューヨークで英語の不自由なロシア人と片言のロシア語しか話せない元ロシア人の会話は、寂しげで印象深かった。なんとなくこれが主題なのか、と勘繰ったが、深掘りされず物語は進行する。
めでたく同棲を始めた二人だが、お屋敷付の結構な身分でさらに自立もしていないから当然、お父さんお母さんの逆鱗に触れて、実家の意を受けた危なそうなオジサンたちに襲撃される。すったもんだの末、お坊ちゃんはパンツ一枚で逃げ出してしまう。フツー二人で道行だろうとツッコんだが、アノーラは怖いオジサンたちとイヴァンを探して全米をうろつくシュールな展開の果てにそもそもイヴァンには何の愛情もなかったという絶望的な結末で2部が終わる。流れていくのではなく、あまり脈絡の感じられないドタバタが続く。このパートは往年のジム・ジャームシュのようなドラマを拒否したようなリアリティがあって結構すごい。ただし無意味にみえるエピソードの羅列の裏では実は本当のドラマが進んでいる。イヴァンが現れないことで、前半の幸福の劣化を示して、反面次のシーンの救いが示唆される。
そして最後のほぼ無言の長い長い端正なラブシーンで終わる。
秀作なのだろう。しかしその秀作のゆえんは混とんの国アメリカで、何者でもなく生きる移民の痛切な寂しさの読み解きにあるのではないかと思う。
が、アカデミー五冠については、会員たちが強い女性という今風のテーマになんとなく入れた結果じゃないかとやや憤慨。結構な人が見ないで投票したのだろうなと邪推してしまう。
