「現代版シンデレラストーリー 愛を知らない姫の心を射止めた真の王子は...」ANORA アノーラ レントさんの映画レビュー(感想・評価)
現代版シンデレラストーリー 愛を知らない姫の心を射止めた真の王子は...
アノーラは愛を知らない。家庭のぬくもりを知らずに育った彼女の周りに集まってくる男たちはみんな彼女の体が目当て。彼女のセクシーダンスに男たちはこぞってお金を払う。
アノーラはまともな教育も受けられず、食べていくための職業はおのずと限られる。それでも彼女は生きていくために真摯に待遇の悪いエロティックダンサーの仕事を日々こなしていた。
そんな彼女に転機が訪れる。店に訪れた上客のロシアの大富豪の息子に見初められるのだ。もちろん二人の間に愛情などというものはない。バカ息子はただのお遊び、アノーラはお金が目当てだった。そんな二人の結婚生活が破綻するのは誰が見ても明らかだった。
前半はうんざりするほど彼らの狂乱っぷりを観客は見せられこの二人が幸せになれるはずがないと誰もが確信する。その通り物語は進んでいくが意外なダークホースが現れる。
イヴァンの両親に雇われているアルメニア系アメリカ人の三人。この中で独特な空気感を漂わせる男イゴールは用心棒としてアノーラたちの前に現れるが、けして冷酷な暴力をふるう男ではなく暴れるアノーラに怪我をさせないよう彼女を慎重に抑え込む。
しかしそんな彼に暴力を振るわれたと言い続けるアノーラ、自分をレイプする気だった、自分に暴力を振るったと言い続ける。しかし、イゴールにはそんな気はなかった。これはアノーラの中に培われた男性観によるものだろう。男はみんな自分の体が目当て、金を出すか暴力をふるうか。彼女の生い立ちがそんな男性観を作り上げたのだろう。
もちろん彼女も彼に向かってアルメニア人が、と罵る。ユダヤ人同様受難の歴史を持つ彼らへの配慮を教育を受けていない彼女は持ち合わせていなかった。彼女もけしていい子ではない。愛を知らない彼女はまだダイヤの原石でしかない。誠実な相手との出会いと摩擦で磨かれることにより彼女はその輝きを手に入れることができるんだろう。その相手はもちろんヘタレのイヴァンではなかった。
中盤は延々とアルメニア人三人組とアノーラによるイヴァン捜索の爆笑珍道中が描かれる。駐禁を食らった車をレッカー車から無理やり引き離したり、聞き込みをする店の無礼な若者に説教たれたり、車内で嘔吐したりと、いったい何を見せられてるんだろうか。現代版プリティウーマンを期待した観客は肩透かしを食らわされる。しかしこの珍道中の合間にもイゴールはアノーラへの気遣い忘れない。そんな彼に相変わらずひどい言葉を浴びせ続けるアノーラ。
すべての決着がつき、アノーラを家に送り届けたイゴールは隠し持っていた結婚指輪を彼女に手渡す。それを受け取った彼女はイゴールに体を与えようとする。
彼女は常にこうしてきた。お金のために見返りとして体を与える。男は自分の体目当てにお金を払う。
しかしイゴールはそれを拒む。彼がしてきたアノーラへの数々の優しい気遣い、それは純粋な思いやりからだった。彼女を憐れんで彼女の力になりたいという純粋な思いからだった。
見返りを求めようとしないそんなイゴールの姿に彼女は戸惑う。見返りを求めない、彼女の体が目当てでない人間がこの世にいることを初めて知り戸惑いそして涙する。
無償の愛を与えようとするイゴールの姿に人間の優しさをはじめて感じ取った彼女はただただ涙するのだった。
不遇な生い立ちにより彼女にかけられた愛を知らないという魔法はイゴールという本当の王子により解きほぐされていくのだろう。