「世界中のアノーラたちに幸あれ」ANORA アノーラ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
世界中のアノーラたちに幸あれ
祝!本年度アカデミー賞作品賞受賞!
昨年度のカンヌ国際映画祭でもパルムドール受賞!
カンヌのパルムドールとアカデミー作品賞をW受賞したのは『パラサイト 半地下の家族』以来。
どんだけ敷居の高い作品かと思ったら、これが意外や意外。
身分違いの恋×シンデレラ・ストーリー。
私的にはドタバタ・コメディにも思えた。
だけど勿論、ただのそれだけじゃない。
身分違いの恋×シンデレラ・ストーリーに一捻り。
ドタバタ劇はヒロインのパワフルな姿。
アノーラに喝采!
NYのストリップクラブでダンサーをするロシア系アメリカ人のアノーラ。通称アニー。
生活は貧しく、特に夢も無く、安い賃金の酷い職場で、毎日毎日客の相手。
この社会のピラミッドの底辺。それがある日突然一変するのだから、人生は分からない。
ロシア語を少し話せるので、ロシア人客の相手。
今時な青年。名はイヴァン。
ロシア語で会話したり、その場のノリノリ雰囲気で楽しい一時を過ごす。
この時一回限りの客かと思いきや、気に入られ、彼の自宅へお呼ばれ。
訪ねてみたら…、驚いた!
粗末な我が家なんて言うが、超豪邸。セキュリティも万全、家の中は広く、高価そうな家具、エレベーターも付いている。専属家政婦もいる。
あなた、何者…?
ちょっと濁すような言い方だが、両親はロシアで“凄い人”らしい。ググればすぐ出るほど。
イヴァンは超金持ちの息子。ボンボン、御曹司。
しかしそんなお高い性格じゃなく、人懐っこく、無邪気な子供のよう。アニーにぞっこん。
アニーも超金持ちの息子と昵懇になれて、豪邸で過ごせて悪い気はしない。
以来、何度かお呼ばれ。お酒を飲んで飲んで、ヤッてヤッて、楽しいエッチな時を過ごす。
ある時イヴァンから提案。ただの客じゃなく、専属になって欲しい。つまり、“契約彼女”。
一週間。報酬は1万5000ドル。
双方合意の上でのお遊びの筈だった。
イヴァンはセクシーでキュートでホットな“彼女”を自慢。
友人らを招いたり、外で遊び歩いたり、毎日毎日どんちゃん騒ぎ。
ベガスにもひとっ飛び。美味しいもの食べて、お酒ガブ飲みして、時にはハイになって、勿論ヤッてヤッてヤリまくって…。
クッソ、金がありゃ何でも出来る。羨ま…いい加減にしろよ、こら!
ずっと底辺にいたアニーにとっては、信じられない別世界。そこに、アタシがいる。
やっぱり悪い気はしない。イェーイ、サイコー!
楽しい時はあっという間。一週間なんて秒。
イヴァンはロシアに帰ったら父親の会社で働く事が決まっている。が、どうもイヴァンは両親の事が好きじゃないよう。
ロシアに帰らず、このままアメリカに残りたい。
方法は一つ。アメリカ人と結婚して、アメリカ人になれば…。
例えば、君と。
…えっ? プロポーズ…?
いつもおふざけのイヴァンもこの時は真剣に。
あくまでお金や契約など割り切ってたアニーも、熱い想いがたぎる。
そのままの足でチャペルに赴き、結婚。夫婦に。
君を愛してる。あなたを愛してる。
世界は私たちのもの。世界は私たちを中心に回っている。
合意の上の契約交際が本気となり、結婚。
王道の身分違いの恋×シンデレラ・ストーリーは、エネルギッシュで若さに溢れたラブストーリーに。
ひと昔前の映画だったら、ここでハッピーエンド。
でも、まだ半分も経ってない。
それにたくさんの映画を見てれば、何となくこの後の展開は予想出来る。
一見、ハッピー。が、違う見方をすれば、ハイテンション女の子と金持ちバカ息子が衝動的に結婚しただけ。
ハッピーエンドだけで終わらない。
イヴァンが結婚した。しかも、娼婦と。
噂で持ち切りになる。NYに住むとあるロシア人たちの界隈で。
アルメニア人のトロスは、子供の洗礼式の途中、誰かからの電話に冷や汗。二人の男、ガルニクとイゴールをイヴァンの豪邸に向かわせる。
アニーとイヴァンが真っ昼間からヤッている所に、やって来たガルニクとイゴール。
イヴァンは物凄い剣幕で追い返そうとするが、二人は引き下がろうとしない。
トロスやあなたのご両親から言われてきました。
“両親”という言葉に急に萎縮するイヴァン。
何故彼がそんなに両親にビビるのか。まあ、すぐ予想は付く。
ガルニクとイゴールは雇われ用心棒。トロスはお目付け役。
つまり、“そっち”の世界。
イヴァンの両親はただの超お金持ちではなく、ロシアの裏社会の超大物。ロシアのゴッドファーザーのような、新興財閥の一族だった…!
息子の衝動結婚に猛反対の両親。離婚ではなく、そもそも結婚を無効にする為、こちらにお出でになるという。
その間、トラブルが無いように。トロスもイヴァンの豪邸(正確にはイヴァンの“両親”の豪邸)に向かい、ガルニクとイゴールに釘を刺す。
ところが、イヴァンが隙を付いて逃げ出す。アニーを置いて…。
哀れ置き去りのアニー。ショックに沈むかと思いきや、ギャーギャー喚き、Fワードを吐き散らし、物を投げ付けるわ、逃げ出そうとするわ、大暴れ。
ガルニクとイゴールも負傷するほどたじたじ。力自慢のイゴールがようやく取り押さえる。
トロスがやって来てもまだまだ収まらない。
仕舞いには、「レ~イ~プ~!」と大絶叫。
猿ぐつわで黙らせ、少し冷静になり、トロスと取引。
アニーはイヴァンと会って話したい。この結婚が合法である事、私たちは愛し合っている事、無効になど絶対させない事。
話せばいい。が、イヴァンを探し出したら、即結婚無効手続き。勿論手切れ金は払う。
目的は違えど、逃げたイヴァンを探したいのは双方同じ。
イヴァンを探しに4人で街をあちこち訪ね歩く事に…。
幸せの頂点から、一気に急落。
怪しい男どもと逃げた夫探し。アタシ、何やってんの…?
見てて気の毒なアニー。トロスたちにもちと同情。ボスの命令とは言え、バカ息子に振り回され…。うんざり面倒臭い仕事。
真冬の夜。手掛かりナシ。疲労困憊。イライラも募る。
それでもまだアニーはイヴァンを信じていた。
探し回って、探し回って、遂に意外な場所で見つかった。
イヴァンと出会ったアニーの元勤め先のクラブ。そこで泥酔した状態で、アニーの同僚とやってる最中に…。
イヴァン確保。でも、これで終わりじゃない。寧ろ、ここから。
アニーはイヴァンと話をしようとするが、泥酔状態で埒が明かない。
夜が明けた。たった一夜の出来事なのに、何日も経ったような…。
早速裁判所に赴いて無効にしようとするが、ベガスで結婚したのでベガスで手続きしなければならない。
何処まで面倒掛ける!? イヴァンの両親が来る前までに済ませておきたかったが、間に合わず、イヴァンの両親がお出でに。
母親は開口一番ヒステリック。父親に事情を説明するトロスは低頭しきり。
酔いが醒めてきたイヴァン。面と向かってバカ息子、バカ息子と言われ、さすがのバカ息子も言い返すかと思ったら、根っからのバカ息子だった。
両親の言いなり。両親と会う前の威勢の良さは何処へやら…。
やっと気付いたアニー。気付くのが遅いかもしれないが、彼女は最後の最後まで信じていたのだ。それだけに…。
イヴァンの両親はアニーをアウト・オブ・眼中。殊に母親は話し掛けてようやく顔を合わせたら、あからさまに見下し。アンタや家族や友人皆を破滅させてやるとまで脅し。
イヴァンはイヴァンで、あんなにヤリまくって愛し合ったのに、急に冷めたように…。
イヴァンも、この家族も、最ッ低!
無効手続きにサイン。去り際、クソ最低一族に“餞別”の言葉。
ここにアニーの味方はいない。ただ一人を除いては…。
イヴァンの両親は最低。(父親は最後、母親に言い返したアニーに喝采大笑い)
アニーを置いて逃げ、挙げ句両親の言いなりのイヴァンもクソ男。
そんなクソ男に惚れるアニーも…との意見は少なからずあるが、誰がアニーを責められようか。
ただただ真剣に愛を信じ、真っ直ぐに、幸せを自分で掴み取ろうとしただけ。
生まれや自分の境遇や逆境や偏見にも負けない。めげない。
社会の底辺で生きる人々を描いてきたショーン・ベイカー。その一つの到達点。
開幕からテンポ良く、飽きさせない演出力は確かなもの。
センスやアート性を感じつつ、本作はエンタメ性もあり。
見た事ある監督作は『フロリダ・プロジェクト』くらいだが、ずっとインディーズ・シーンで活躍してきた異才が、カンヌやアカデミーで頂点に。
監督もまた“アニー”のような体現者であろう。
立役者がもう一人。マイキー・マディソン。
突如として現れた新星と言われているが、映画出演はちょいちょいあり。『スクリーム(2022)』は印象に残った。
脇役だった彼女を監督が大抜擢。初の主演や監督の期待に遥かに応えた。
大ハッスル! 笑って、ハイになって、喜んで、楽しんで、喚いて、叫んで、暴れて、パニクって、ショックして、悲しんで、泣いて、全ての感情を。それでいて力強く、ポジティブに。
大胆なヌードや激しい濡れ場も体当たり。(監督とマイキーの双方の合意でインティマシー・コーディネーターは付けなかったという)
セクシー、キュート、作品の源とでも言うべき圧巻圧倒の演技力、存在感。
マイキー・マディソンの魅力、大大大爆発!
それにしても『スクリーム(2022)』からメリッサ・バレラやジェナ・オルテガに続き、また一人飛躍したね。改めて『スクリーム(2022)』見直したいなぁ…。
実はアカデミー主演女優はデミ・ムーアを応援していたが、マイキーも分かる気がする。いずれ『サブスタンス』を見てから自分なりの判定を。
クソバカ息子を演じたマーク・エイデルシュテインもある意味天晴れ。彼のクソバカぶりが無かったらアニーは輝かなかった。
監督の才とマイキーの魅力炸裂だが、MVPが。イゴール役のユラ・ボリソフ。
前半はほとんど無口。でもその分、誰よりも事の成り行きを見つめ、アニーを見守っていた。
言葉は発せずとも、不器用ながらも時々、アニーにスカーフを差し出したり、ペットボトルを渡したり。
彼の眼差しが物語ってる。アニーに同情。彼女の力になってやりたい…。
アニーにどんなに罵られ、侮辱差別的な言葉言われても(アニー、なかなかに言葉が悪い…)、陰ながら寄り添う。
無効手続きの場。ずっと無口だったイゴールが、思わぬ言葉を。
イヴァンはアニーに謝るべき。
よく言った、イゴール!
アニーが帰るまで付き添い。最後の夜、二人で酒やハッパをやりながら、他愛ないお喋り。
アニーの言い方は変わらずキツいが、イゴールも意外と饒舌。笑うとナチュラルなナイスガイ。
アニーは自分の事を“アニー”と呼ばせているが、イゴールは本名の“アノーラ”の方がいいと。
“アノーラ”の名前の意味は…。
カンヌやアカデミーを獲ったからって、お高く身構える事はない。
他愛ない話を捻りを加えて面白おかしく。
何より逞しいアノーラの姿に元気や勇気を貰える。
何か、思ってた以上に面白かった。
カンヌやアカデミーがこういう作品を選ぶとはねぇ…。
『オッペンハイマー』とは大違い。
人によって好みはあるかもしれないけど、近年のカンヌやアカデミーでも割かし間口は広い気がした。
だけど、明るさ楽しさだけじゃない。最後の最後はしんみりさせられた。
アノーラを自宅アパートまで送り届けたイゴール。
預かっていたイヴァンとの結婚指輪を返す。
何の感情に付き動かされたのか、イゴールとSEXを。
二人が惹かれたのは個人的には蛇足感。シンパシーだけに留まって欲しかった。
が、キスを返そうとしたイゴールを、アノーラは叩き返す。
そこに恋愛感情は無く、寄り添ってくれたお礼だったのかもしれない。
それにアノーラは愛に裏切られたばかり。まだ新しい恋もする気は起きない。
途端に泣き出すアノーラ。これまでずっと強気でいたが、急に悔しさが込み上げてきたのか。
言葉無く、ただ抱き締めるイゴール。
アノーラもイゴールも社会の底辺で生きる者。
いつだって彼らや同じ境遇の人々は、金持ちバカ野郎どもの犠牲者。
彼らのリアルな姿、涙、声を聞け。
そして世界中のアノーラたちに幸あれ。