「心を抱くということが、どれだけ難しいのかを感じさせる物語だった」ANORA アノーラ Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
心を抱くということが、どれだけ難しいのかを感じさせる物語だった
2025.3.6 字幕 MOVIX京都
2024年のアメリカ映画(139分、R18+)
ブルックリンのストリップダンサーとロシアの富豪の御曹司の結婚を巡るドタバタを描いたコメディ映画
監督&脚本はショーン・ベイカー
物語の舞台は、ニューヨークのブルックリン
「ヘッド・クォーターズ」でストリップダンサーとして働いているアニーことアノーラ・ミケエヴァ(マイキー・マディソン)は、姉ヴェラ(エッラ・ルビン)とともにブライトンビーチのアパートに住んでいた
店は客の取り合いになっていて、個室に連れていくことで給与に反映されるシステムになっていた
ある日のこと、ロシア人の青年ヴァーニャことイヴァン・ザハロワ(マーク・エイデルシュテイン)が店にやってきた
アニーはロシア語が聞き分けられるとのことで、マネージャーのジミー(ヴィンセント・ラッドウィンスキー)から接客につくように言われる
アニーはカタコトのロシア語で話し、ヴァーニャもカタコトの英語で会話を交わす
そして、二人は意気投合し、そのまま個室にてセックスをすることになった
ヴァーニャはアニーを気に入って、外で会うにはどうしたら良いかと持ちかける
そこでアニーは、友人のダンサー・ルル(ルナ・ソフィア・ミランダ)とともに、彼の家へと出向くことになった
映画はその後、1週間の専属契約してラスベガスでハメをし、そこで勢いのまま結婚してしまう二人を描いていく
だが、その結婚はやがてスクープされ、ヴァーニャの父ニコライ(Aleksey Serebryakov)と母ガリーナ(Darya Ekamasova)にバレてしまう
ヴァーニャのお目付役には、司祭のトロス(カレン・カラグリアン)が任されていて、彼は弟のガルニク(ヴァチェ・トヴマシアン)に事実かどうかを確認させる
ガルニクは何かあった時のための用心棒イゴール(ユーリー・ボロゾフ)を連れて、ヴァーニャのいる屋敷へと足を踏み入れることになったのである
映画は、ヴァーニャを捕まえるシーンのコメディセンスが素晴らしく、色々と残念な人たちのてんやわんやが描かれていく
彼らは至って真剣なのだが、そのひとつひとつが笑いの種になっていて、愛おしくも感じてしまう
さらに両親が登場してからの顛末も面白く、ヴァーニャが確保されてから、ガラッと展開が変わる流れになっていた
基本的にうるさい映画で、前半は音楽がうるさいし、中盤はアニーの絶叫がやかましい
ところ狭しと動き回るシーンが多く、セックスシーンも激しいものばかりが描かれていく
だが、この動の動きの多彩さが、ラストシーンの静の動きの対比になっていた
劇中でヴァーニャとアニーが欲していたものがすれ違っていることがわかり、ヴァーニャはそれを母親には言えない
それゆえにアニーが代弁することになるのだが、アニー自身も相当なストレスを抱えていた
彼女が欲しがったのは純粋な愛で、愛する人と結婚することを夢見ていた
それが叶ったと思ったら、母親から距離を置きたいための道具になっていて、お金さえあればその立場で我慢できるんでしょ?という精神的な乖離が生まれていた
当初はお金と結婚したと思って、それを肯定していたアニーだったが、それらが現実のものになった時、ふと自分が本当に欲していたものに気づいてしまう
そして、そういった複雑な想いが絡まった先に、イゴールとの抱擁があったのである
映画では、アニーは常にヴァーニャのそばにいるのだが、セックスは快楽で愛を確認し合う行為にはなっていない
それ以外のシーンでも、アニーはヴァーニャにはくっついてはいるけれど、抱擁という感じの温もりを与え合うという行為はなかったように思えた
イゴールとのセックスも当初はヴァーニャと同じような激しさだけだったが、イゴールはそれを拒み、彼女をしっかりと抱きしめていた
そこにはアニーが求めていたものがあって、それゆえに彼女は本当の涙を取り戻すことになる
イゴールがアニーの求めるものを与えられるかはわからないが、少なくとも、彼女が欲しかったものを再確認させる役割を担っていて、ある種の絆というものが生まれたように思えた
また、イゴールは事あるごとに「おばあちゃんのもの」というのだが、アニーのおばあちゃんはアメリカに来て英語を話さない人だった
それがアニーに夢と希望を与えたのだが、同時に絶望を味あわせることにも繋がっている
そう言った面も含めて、うまく練られたシナリオなんだなあと思った
いずれにせよ、お子様が見てはいけない映画なのだが、それはシンデレラを皮肉っている部分が多いからなのかな、と思った
お金を持った王子様はお母様の言いなりで、家族を持つという意味の深さにも繋がっていく
成人になれば本人の意思で結婚はできても、いずれは避けられない家族の問題に直面していく
ヴァーニャが何を求めているのかにアニーが向き合えばここまでのことにはならなかったし、ヴァーニャも最初からその欲求というものを仄めかしている
失敗から学ぶことは多いとは思うが、煌びやかに見えるものには多くの闇が隠れていると思うので、そう言ったところをしっかりと見極めることも、自分の幸せにとって必要なことなのかな、と感じた