「タンジェリン、フロリダプロジェクト」ANORA アノーラ 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)
タンジェリン、フロリダプロジェクト
「タンジェリン」で高評価を得、
ウィレム・デフォーを招いた「フロリダプロジェクト」は、
力が入り過ぎたか、
メッセージが先行して、
シナリオ、演出ともにキャストに頼り過ぎている感は否めなかった。
本作も期待薄だった。
しかし驚いた。
メッセージをストーリーに、
キャラに馴染ませて、笑わせて、グルーブして、
言葉と行為でF〇〇Kの連打、
レニングラードカウボーイズがゴーアメリカするような、
間の抜けたタンジェリン風広角レンズも良かった。
「T-34」のバキバキのイゴール(ロシア語で兵士)も、
おばあちゃん子の一面を強調し、
キャラに柔らかさを加えることで物語に奥行きを持たせている。
ソ連崩壊後のロシアの闇社会とアメリカンドリームの対比を、
オリガルヒ風の息子イヴァンとダンサーアニーの結婚を通して、
描き出す本作は、
ショーン・ベイカー得意の、
社会風刺と人間ドラマを融合させている。
EDロール中に流れるおばあちゃんの車のディーゼルエンジン音も、
この映画のエコーチェンバーのように作品全体を締めくくっているのも印象的だ。
ディーゼルエンジンという、
東西の文化的背景が織り込まれた音響の選び方が巧妙で、
この音に物語の全てが詰まっているような気さえする。
東側と西側の対立や対比というテーマを強調する一方で、
それが全体のメッセージに、
あるいは二人のストーリーに、
どう繋がるのか、
観る者に考えさせる余地を残している。
西側では避けられがちなディーゼルエンジンが東側では主流であるという設定を、
物語の本筋と巧妙に絡めることで、作品のテーマ性が自然と深まっていく。
このように、本作は、
シナリオや演出、キャラクターの深みが融合した作品であり、
力が入り過ぎた前作とは多少は異なり、
ショーン・ベイカーの今後に少しは期待を持たせる作品となっている。
【蛇足】
アニーとイヴァンがゲームをしているシーン。
ホームヘルパーのクララが掃除機をかける、
脚を上げるアニー、
ドラッグをクララにすすめるイヴァン。
このシーンは、一見何気ない日常の一コマのように見えるが、
監督はその背後に潜む微妙な感情の機微を描こうとしていた気がする。
非常に無邪気でありながら、同時にその無邪気さが持つ危うさ、
一見すると軽い冗談のようにも見えるが、
その無邪気さには何とも言えない緊張感が漂う。
無邪気さと無責任さと邪気が、
ギリギリと交錯する空気そのものであり、
安易に共感し合う事もできない、
そこを描ききれない、伝えきれない、
撮影はしたが編集でオミットしたのかもしれない、
はっきりとした答えは映画の中で提示されることはない、
これをやりたいんじゃないの?監督。
こういう細かい繊細な積み上げも
シナリオと演出で描写していければショーン・ベイカーも、
名実共にオスカー監督としてリスペクトされるだろう。