「アノーラには幸せになってほしい」ANORA アノーラ おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
アノーラには幸せになってほしい
先週から体調を崩してしまい、観たい作品を何本も逃してしまいましたが、今日はちょっと体調が回復したので1本だけ観ようと思い、上映時間の都合のよかった本作を鑑賞してきました。
ストーリーは、ニューヨークでストリップダンサーとして働くアノーラが、たまたま店に訪れたロシアの富豪の御曹司イヴァンに気に入られ、15000ドルの報酬と引き換えに彼が帰国するまでの1週間を「契約彼女」として過ごすことになり、イヴァンの友人たちも巻き込んで贅沢三昧に遊びまわった二人は、その場のノリと勢いで結婚してしまうが、ロシアにいるイヴァンの両親はその噂を耳にして激怒し、すぐさま息子のもとに配下の者を遣わし、自らもアメリカに乗り込み、アノーラとイヴァンの仲を引き裂こうとするというもの。
序盤からテンポよく展開し、サッパリしたアノーラの性格も手伝って、なかなかおもしろかったです。富豪の御曹司の火遊びから始まったアノーラのシンデレラストーリーが、ジェットコースターのように徐々にボルテージを高め、一気に加速していくさまが心地よいです。経験の浅いイヴァンがアノーラに夢中になるのも、生きるために必死なアノーラがイヴァンの財力に惹かれるのも、どちらにも共感できます。
そんな二人のもとに、イヴァンの両親の指示を受けたトロスによって、ボディガードのガルニクとイゴールが尖兵として送り込まれたあたりから、物語が大きく動き出します。電話で説得を試みるトロスに悪態をつき、屈強なボディガード二人に対しても全く引かず、大立ち回りを見せるアノーラがメッチャ楽しいです。加えて、そんな妻を置き去りにして一目散に逃げ出すイヴァンとの対比も鮮やかです。
さあ、アノーラとイヴァンは障害を乗り越えて、身分違いの恋を成就させることができるのでしょうか。このままコミカルなノリで二人の行く末が描かれることを期待してテンションが上がります。それなのに、後半は思いがけず、少々重い展開に…。おまけに、イヴァン探しにもたついてテンポも落ち、ややダレた感は否めません。
しかし、終盤になって、クズ男・イヴァンに代わって、口数は少ないが存在感を発揮していたイゴールが急浮上!登場時からどこか心根の優しさを感じさせ、いい味を出していたイゴールですが、やっぱりいい男でした。彼の存在が雰囲気を一気に押し上げ、そのまま終幕を迎えることでもたらされた余韻が実にお見事です。
おかげで、アノーラの胸に残る思いをあれこれと想像してみたくなります。莫大な富を逃した悔しさ、自分本位なイヴァンへの怒りなど、おそらくそういう感情もあったでしょう。でも、彼女の心を最も抉ったのは、自分を一人の人間として認め、心安らぐ居場所を与えてくれると信じていたイヴァンの裏切りではないでしょうか。愛というより信頼に対する裏切りに、深く傷ついたのではないかと思います。今後の彼女の生活が、つつましくも幸せなものであってほしいと願うばかりです。
主演はマイキー・マディソンで、女優魂を見せつけるような体を張った演技が秀逸です。脇を固めるのは、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、バチェ・トブマシアンら。
イゴール、良いですよね
口下手で不器用で、包容力があって優しい。
おばあちゃんにそう育てられたのかな、とちょっと思いました。
個人的にはイゴールが助演男優賞だったんですが。