「脳が支配されるほどのラストシーン」ANORA アノーラ TWDeraさんの映画レビュー(感想・評価)
脳が支配されるほどのラストシーン
第97回アカデミー賞において、「作品賞最有力候補」の呼び声が高い本作。公開初日のTOHOシネマズシャンテは思ったほどの混雑とはならず、ほどほどの客入りです。なお、R18+のレイティングを踏まえますと「過激」と言うほどではないものの、性描写や言葉遣いについて不快さを感じる方はやはりご注意が必要です。或いは見方を変えると、この作品が「作品賞最有力候補」と言うのがにわかに信じられない気もするのですが、個人的にはかなり好きな作品でした。
序盤はまずアノーラ(マイキー・マディソン)とイヴァン(マーク・エイデルシュテイン)の出会いから二人の関係の急接近、そしてまさかの結婚まで発展する展開。セックスワーカーという仕事柄、間違った言動が一瞬で自らの身を亡ぼすことを解っているからこそ、しっかり見極めて判断をするアニー(アノーラの通称)。スーパーリッチで、子供のまま大きくなったようなイヴァンと彼の取り巻き達の「浮世離れ」に戸惑いつつも、決して浮かれることはなく、常に相手の本心や出方に細心の注意を払っています。
ところが中盤、イヴァンの母親(ロシア在住)の耳に「息子に女の影」の話が伝わり、それまではラブラブだった二人の周辺は一転きな臭い雰囲気に。母親の差し金で急遽捜査するように命じられたトロス(カレン・カラグリアン)は、早速イヴァンが暮らす家へガルニク(ヴァチェ・トヴマシアン)とイゴール(ユーリー・ボリソフ)を派遣します。ところが話は決着を見るどころか一層こじれておかしな展開に。母が米国に向かっていることを聞かされたイヴァンは逃走し、アニーだけでも取り押さえてイヴァンに戻るよう促そうとしますが、当然いろいろ納得がいかないアニー。そこからはアニーの「全身全霊の抵抗」に翻弄される男たちの構造が可笑しく、劇場は笑い声が絶えません。
「負けを認めたらそれが最後」と本能的に解っているアニーは決して引き下がることをしませんが、当然勝ち目がないと判れば無理を通さず最善を探る思慮深さも持ち合わせています。終盤以降の展開は伏せますが、最後まで自分を貫き通すアニーは凛々しく、特にラストシーンは思わず涙が込み上げてくるのを抑えるのが必死。帰路も繰り返しシーンが甦って思い出され、しばらくは「脳が支配されている」と感じるほどアニーを想ってしまいました。
やっぱり私、ショーン・ベイカー好きだなぁ。作品賞は判らないけど、監督賞は必ず獲ってほしい!