「ジャンルのごった煮映画」エミリア・ペレス ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
ジャンルのごった煮映画
メキシコの麻薬戦争をベースに、ジェンダーレスや貧困問題といった社会派的なメッセージ、更には友情ドラマ、ホームドラマの要素を挟みつつ、全体をミュージカル仕立てにするというかなり凝った作りの作品である。
フランスの小説(未読)の映画化ということだが、果たしてこの異色の作風は原作に拠ったものなのか、それとも映画独自のものなのかは分からない。いずれにせよ、今まで余り観たことがないタイプの作品で面白く鑑賞した。
ただ、純粋にミュージカル映画として観た場合、正直物足りなさを覚えた。映像的に華やかというわけではないし、歌唱力やダンスの実力に長けたキャストが揃っているわけでもない。果たしてミュージカルにした狙いとは何だったのか…という疑問を持ってしまった。
敢えて言えば、リタを演じたゾーイ・サルダナの歌唱シーンは概ね素晴らしいと思った。序盤の下町のフラッシュモブ風の群舞、中盤のエミリアの演説をバックに歌い踊るシーンは、彼女の身体能力の高さが十分に伺える。
物語はエミリアとリタの友情を軸に据えながら、エミリアの数奇な運命がドラマチックに綴られていく。
何と言っても、元麻薬王のトランスジェンダーというエミリアのキャラクターが出色で、数多あるギャング映画の中でもこれだけユニークなキャラは見たことがない。
演じるカルラ・ソフィア・ガスコンの造形も見事で、とてもエミリア=マニタスには見えなかった。後で知ったが、彼女は実際にトランスジェンダーの俳優ということである。
映画はエミリアとリタの絆が育まれていくパートと、元麻薬王としての贖罪、元夫、元父親としての苦悩を描くエミリアのパートで構成されている。
個人的に見応えを感じたのは後者の方で、新しい自分に生まれ変わって人生をやり直そうとするエミリアの現実に抗う姿に惹きつけられた。全ては自ら招いた結果であり、因果のドラマという解釈ができる。
一つ残念だったのは、マニタスが女性=エミリアになるまでのドラマを伏したことである。きっとここにも彼女の葛藤はあったはずである。それがしっかりとプレマイズされていれば更に感動的なドラマになっただろう。
監督、脚本を務めたのはジャック・オーディアール。社会派からサスペンス、恋愛ドラマまで幅広いジャンルを撮る名匠であるが、おそらくミュージカルは今回が初めてではないだろうか。ある種ジャンルのごった煮映画であり、これまでの集大成的な作品になっているように思った。
演出で特に印象に残ったのは2点。
一つは、マニタスの妻ジェシーがカラオケで歌うシーンである。恋人と楽しそうにデュエットするのだが、バックにサイケデリックな残像が重なり大変刺激的な映像となっている。
もう一つは、クライマックスで自動車が暴走するシーンである。ここはちょっと変わった撮り方をしていてオフビートなユーモアが感じられた。