「自分の親と一緒に大人になる」バード ここから羽ばたく KaMiさんの映画レビュー(感想・評価)
自分の親と一緒に大人になる
イギリスの貧困地域の描写がものすごい。主人公の12歳の少女ベイリーは公営住宅のような建物の3階に住んでいるが、そこはアーティストか暴走族が残した落書きばかり。そして若者が酒と音楽でパーティ三昧。住居というより廃墟をスクウォッティング(占拠)しているようだ。
街を歩けば労働や学業に従事していそうな人は見当たらない。若者、子ども、シングルマザーばかりが放置された街だ。それを階段や高台、歩道橋などから俯瞰する視点が魅力的。狭い町で顔見知りだらけだが、主人公は誰ともなじんでいない距離感でさまよい続ける。
ベイリーはアフロヘアーで黒人っぽいのに、一緒にいるのは年上の白人の男たちか、彼らが連れ込んだ恋人たちだ。最初は誰と同居しているのか、誰と血縁があるのかもわからなかった。
中盤になってベイリーが刺青だらけの男バグを「お父さん」と呼び、そのお父さんが「俺は爺さんになってしまうのか」と驚いているので、見ているこっちがびっくりした。
男はベイリーの実父であり、その父が14歳の時につくった息子(ベイリーの兄)が、また14歳で恋人を妊娠させたのだった。
ベイリーは実父バグのほかに、長屋風の貧困者向け住宅に住む母、幼い妹や弟たちがいる。こちらはみんな黒人の外見で、母が連れ込んだDV彼氏に虐待されている。ベイリーは暴力を撮影して警察に訴えると言いSNSにも投稿するが、いっこうに解決する様子はない。
いったん追い出したDV彼氏も扉を叩いて怒鳴り込んでくる。住居がボロボロなので鍵をかけても意味がなく、侵入を許してしまうのだ。住宅の貧困とはこういうことかと思い知らされた。
何の希望もない物語だが、バグが再婚する結婚式が唐突なクライマックスとなる。なんだかんだでバグはベイリーや兄、結婚相手の連れ子たちにとって「父」であろうとする。そういう包容力だけは人一倍、持ち合わせているのだ。
家族が増えることは無条件で祝福すべき出来事なのだと、楽天的なバグの存在が全身で訴えている。
物語の中で初潮を迎えたベイリーは、この未熟な父や若者たちと一緒に大人になろうとしている。そうすることを受け入れているようだった。
正直なところ物語に入り込むのに時間がかかり、自分のコンディションも悪く前半はウトウト。バグが歌うblurの「ザ・ユニヴァーサル」ではっと目を覚ました。UKロックは、このコミュニティにとって状況を一発逆転させる意味を担っているようだ。
もうひとり、物語の鍵となるバードなのだが、結局は物理的暴力に頼って問題を解決しているようで納得はできなかった。描かれている問題の中で、DVと虐待だけは(解決しないにせよ)それなりの向き合い方をして欲しいところだった。
また細かいところだけれど、犬の描写。結局生き返らせるなら死の意味が軽くなるし、生き返ることが虐待の解決にもなっていないと思うのだ。