「下町トップガン。 この後第三次世界大戦が勃発したんだよね…。」ボーン・トゥ・フライ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
下町トップガン。 この後第三次世界大戦が勃発したんだよね…。
中国空軍が開発する次世代ステルス機のテストパイロットに選出された若き飛行士レイ・ユーとその仲間たちの奮闘を描いた航空アクションドラマ。
テストパイロットを補佐する軍医、シェン・ティエンランを演じるのは『ソウルメイト/七月と安生』『少年の君』のチョウ・ドンユイ。
世界各国で作られる『トップガン』(1986)パスティーシュ。フランスの『ナイト・オブ・ザ・スカイ』(2005)、カザフスタンの『タイム・オブ・ヒーローズ』(2022)ときて、中国からの刺客がこちら。
凄腕だが生意気なパイロット、ビカビカの西日、何故そこで!?と言わざるを得ない格納庫での座学講習など、どこに出しても恥ずかしくない立派な『トップガン』である。
ただ、本作が他のパスティーシュと違うのは、パイロットの成長を描くというよりはむしろ新型エンジンの開発の方に力点が置かれている点。「あいつらにステルス機なんて作れる訳ねーよね」と蔑まれてきた中国が必死になって開発に挑み、様々な困難を乗り越えながらついに実用化にこぎ着けるまでの過程が丹念に描かれている。まるで池井戸潤原作作品みたいなノリである。
本作で開発される新型戦闘機は、「J-20」という中国で実際に開発されたステルス戦闘機をモデルにしていると思われる。史実を下敷きにしているという点も池井戸潤作品っぽい。ほぼ『下町ロケット』(2015-2019)。結局、日本も中国も通底する精神性はおんなじって事ですね。
西洋の『トップガン』が「友情、恋愛、勝利」を描いているのに対し、東洋の『トップガン』は「使命、滅私、奉公」を描いているというところに、東西の価値観の違いが表れている様な気がします。
中国共産党宣伝部が主催する芸術賞「五个一工程」の受賞作であり、その内容はよく言えば「愛国的」、悪く言えば「プロパガンダ」。
「我が国の領空を侵す国家に対抗する為、ステルス機の開発は急務である!」というお題目の下、文字通り命を賭けて新型エンジンの開発に取り組む主人公たちには危うさを感じずにはいられない。
多分に政治的偏向を含んだ作品ではあるが、むやみやたらと「敵」と戦う映画ではない。先述した様に池井戸潤的愛国精神に基づいている為、むしろ本家『トップガン』よりも平和な作風であるとすら言える。
自己中心的な主人公にパラシュートの整備と積み込みをやらせる展開などは道徳的な正しさを感じたし、テスト飛行の成否を盛り上がりの最高潮に持ってきている点も、ハリウッド製エンタメ映画とは一線を画している。
愛国的ではあるが排外的ではない。なかなかしっかりとしたメッセージ性があるじゃない、と思っていたのだが、それだけにラスト五分の展開にはお口があんぐり。急にゴリゴリの軍事演出が始まり、「これが中国の軍事力じゃい!!」と言わんばかりの大軍が海原を進む。こんなんもう第三次世界大戦じゃないっすか。
こんなにガツンとしたプロパガンダを最後に見せつけられると戦々恐々としてしまう。どんなホラー映画よりも怖いわこれ…😨
政治的な危うさは置いておいても、ランタイムが長すぎる点は頂けない。戦闘機映画とは言えかなり地味目な作品なので、これで2時間オーバーは流石に退屈。後30分くらいは短く出来たんじゃない?
また、人間関係の描き方もブサイク。主人公とヒロインのロマンスが全く感じられないし、ライバルとの対立と和解もなんかよくわからん。せっかくの魅力的な同期たちも、物語が進むにつれだんだんとぼんやりとした存在になってしまった。面白くなりそうな要素は沢山あったのに、プロパガンダ的な要素にそれらが塗りつぶされてしまった感じがしてそこが凄く残念だった。
日本人としては複雑にならざるを得ない一作。自衛のための軍備増強が、結局は新たな火種になってしまう。その事の反面教師としては良い教材なんじゃないでしょうか。
にしても、バードストライクって怖い。中国共産党と同じくらい怖い。目の充血により視界が真っ赤になったり、クライマックスで突然ホラー映画っぽくなったのは何か理由があるのだろうか。