劇場公開日 2025年3月20日

「変わらない選挙システムと変われない組織」教皇選挙 jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)

2.0変わらない選挙システムと変われない組織

2025年5月9日
PCから投稿

教皇の突然の病死から新教皇選出に至るまでの教会内部のドタバタ劇を描く本作。教皇が亡くなるとすぐさま教皇の「印」が破壊されます。偽文書発行を防ぐためですが、そこまでしても権謀術数や欺瞞や不正を防ぐことはできません。そもそも亡くなった教皇自身が重要情報を首席枢機卿に伝えず、こっそり隠しています。理由は不明です。組織ガバナンスが機能していません。

主人公は首席枢機卿として教皇選挙を取り仕切る男、ローレンス枢機卿です。彼には首席枢機卿を辞任したいと申し出て教皇に慰留された過去があります。彼はなぜか教皇に心酔しており、亡き教皇を偲んで一人涙を流す男です。なぜローレンスがそこまで前教皇を絶対視しているのか、理由は不明です。そんな忠僕のようなローレンスですが、教皇は生前に次期教皇有力候補のトランブレ枢機卿を馘首にしようとしていたこと、新たにカブールからベニテスさんを新枢機卿としてこっそり任命していたことを知らされていませんでした。なぜ教皇はそんな大事なことを首席枢機卿に伝えなかったのか。気まぐれな教皇のお陰で右往左往させられるローレンス、中間管理職の悲哀が滲みます。

コンクラーベと呼ばれる教皇選挙のシステムは、
・枢機卿108名による互選式匿名投票
・立候補ではなく、選挙演説もない
・自分の名を書いてもよい
・全員の投票が済めばすぐさま開票され、結果が読み上げられる
・誰かが2/3以上の票を獲得するまで延々と続けられる
・選挙は外部と遮断されたシスティーナ礼拝堂という密室で行われ、部外者や女性の立ち入りは許されない
・選挙期間中、枢機卿団はサン・マルタ館という宿舎に寝泊まりし、外部との連絡は禁止
・選挙情報を外に漏らしたら破門
・新教皇の選出の可否は煙の色で外部へ伝える

物理的にも心理的にも閉じられた選挙であり、枢機卿たちは派閥ごとに秘密会合を繰り返し、票読みと票集めにかけずり回ります。候補者も演説もないものだから、下馬評やうわさや人間関係に振り回されるばかり。

ローレンスはリベラル派ベリーニを推していますが、なぜか票は集まりません。ローレンス自身を推す声もありますが、「私は教皇の器ではない…」と固辞します。

トランブレ枢機卿の陰謀により、有力黒人候補アデイエミは過去の女性問題と隠し子がバレて脱落。つぎにトランブレ自身もシスターの「蜂の一刺し」により陰謀がバレて脱落。やばい!このままでは保守派のテデスコが教皇になっちゃう!ローレンスはやむなくベリーニに変わりリベラル派の代表になることを決意します。でも「もし僕がなったら教皇名はヨハネにする!」となんかまんざらでもない様子。「枢機卿はだれでも教皇への野心を胸に隠している」というベリーニの言葉が思い出されます。

ローレンスが投票用紙に自分の名を記し投票箱へ入れた瞬間、教会の壁もろとも吹き飛ばされます。まるで彼の内心の傲慢さが神の怒りを買ったかのようなタイミングでした。あれは爆弾テロだったのでしょうか。でも爆弾のお陰でコンクラーベに風穴が開き、新しい風が吹き始めます。

事故の影響で一旦お開きになったコンクラーベ。枢機卿たちは別室に集まっています。「テロもすべて前教皇のリベラルな姿勢のせいだ!このままではローマが異教徒に乗っ取られるぞ!そんな弱腰でどうする!もはや宗教戦争だ!」勇ましい演説をぶつ保守派代表テデスコ。それに対し、「あんたら戦争っていうけど、ホントの戦争の悲惨さ知ってるの?もう僕こんな茶番はうんざりなんですけど。みんな選挙とか、権力とか、そんなことばっかりで信者さんのことなんてこれっぽっちも考えてないでしょ?教会の伝統とかそんなのにしがみついててもしょーがないよ。いいかげん前に進まなきゃ」と反論する新任枢機卿のベニテス。

この二人の演説で一気に流れは決します。だったらさ、最初から候補者立てて演説会すればいいのに。あるいは有権者を司教レベルとか、シスターとか、もっと拡げればいいのに。もっと開かれて民主化された選挙システムに改善すればいいのに。

14億とも言われるカトリック教徒の頂点に立つ教皇は「世界で一番有名な男」であり、それを選ぶのが教皇選挙。でもその実態は閉鎖的で、外側ばかり立派で、権力志向丸出しで、権威主義的で、女性は完全に排除された、教会内部の論理に縛られた内向きの茶番劇のようなものでした。同じカトリック教徒同士であれなんだから、異教徒に対して「寛容」だなんてありえない。主人公は冒頭の演説で「確信よりも寛容」と述べますが、一神教が「確信」を捨てるなんて自己矛盾も甚だしい。「自分は正しい、あいつらは間違っているという確信」こそが一神教のキモであり、すべての宗教戦争のタネでは?性的スキャンダルやマネーロンダリング問題などを頑なに隠し通そうとする組織の隠蔽体質の根源は、どうやらこの教皇選挙のシステムにありそうです。選挙が変わらなければ組織も変わりません。

本作ではカトリック教会内でのリベラルと保守の対立、人種、言語、文化による分断が描かれ、枢機卿たち同士の派閥対立、教皇という権力への野望と「無謬性」「理想の父」という幻想に縛られる苦しさなどが描かれました。伝統と内部の論理に縛られて変わることのできない組織と個人は、今後も様々な問題に直面し、それを隠したり誤魔化したりしなければならないでしょう。

異教徒である自分から見ると、誰が教皇に選ばれてもそんなに大差ないように思えてしまいました。いずれにしろ今後も経済格差は拡がるし、戦争は止まないでしょう。あらゆる宗教は戦争の原因にはなり得ても現実に戦争を止める力は持たないでしょう。

本作中ではかなり劇的な効果音や音楽が使用されていますが、劇中ではそれほど劇的なことが起こっているわけではありません。ただ着飾った男たちが閉鎖空間でチマチマと権力闘争を繰り広げているだけです。こう言ったら失礼かもしれませんが、一生懸命な彼らの姿は外から見るとやや滑稽ですらありました。

現実世界でもカトリック教会は様々な問題に直面しているようです。
・重心がヨーロッパから中南米へ移動している
・イスラム教徒はどんどん増えていく
・科学の進歩に対応が難しい
・性的スキャンダルやマネーロンダリング問題でマスメディアの批判や教皇退任要求デモにさらされてしまった
・いくら祈ったところで世界の平和は実現しない
・伝統と権威を重んじる硬直化した巨大ピラミッド型組織である
・若者や女性が離れていく
・かといってリベラルに寄るともともとの保守層が離れていく

現代の教皇は、なかなか大変です。ちなみに今回のコンクラーベに参加した日本人枢機卿は事前に本作を観て予習したそうです。普段はベールに隠されている、現役枢機卿ですら知らないような、生々しい教会内部の様子をこっそり覗き見するドキドキ感、それが本作の魅力でした。

jin-inu
ノーキッキングさんのコメント
2025年5月10日

政教一致のバチカンは教皇=国家元首、世俗と没交渉ではなく、独自の捜査機関を有しています。シスターアグネスのパソコンの中には遺言もあり、ローレンスを補助すべく、欧州勢を排除し、ベニテスへ誘導する資料がギッシリ。
亀は孵化環境でオス・メスが変わってしまう生き物、象徴的でしたね。

ノーキッキング
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