「それは新たなるカトリック教会の聖なる扉を開く鍵となるのか」教皇選挙 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
それは新たなるカトリック教会の聖なる扉を開く鍵となるのか
偶然にも現教皇フランシスコの容体が危ぶまれている時期でもあり、また25年ごとに行われるカトリックの「聖年」にも当たる時期に公開されるというとてもタイムリーな作品。
本作はミステリー作品としてのその娯楽性、そして社会派作品としてのメッセージ性に富んだ内容で最初から最後まで緊張感が途切れない作品に仕上がっている。
教皇の急逝により使徒座空位の状態となったバチカンではコンクラーベ開催のために世界中から枢機卿が集結する。100人余りの枢機卿たちの互選による選挙の運営を任せられた首席枢機卿のローレンスは次期教皇としてリベラル派のベリーニを推すのだが、陰謀渦巻く教皇庁ではコンクラーベの行方は二転三転する。選挙の行方の鍵を握るのはいったい誰か。
死去した教皇が秘密裏に枢機卿に任命していたメキシコ人のベニテスは謎多き人物。それに加えて教皇の後釜を虎視眈々と狙うトランブレ、黒人初の教皇かと目されるアディエミ、過激な排他的思想を持つ保守派のテデスコ、リベラル派の人格者だが消極的なベリーニなどなど、有力候補たちの誰が選ばれるのかその行方がスリリングに描かれる。
当然候補者たちは立候補制ではなく互選で選ばれるため教皇の座を望まないローレンスにも票が入る。その票を入れたのがベニテスであるという。ローレンスは困惑するが、一度目の選挙では得票数が誰も届かないため決着はつかない。
有力候補の一人アディエミが食堂でシスターとトラブルを起こすのを皆が目撃する。彼は過去に戒律を破り彼女と関係を持ち子供まで設けていたのだ。そのうわさが流れると彼は有力候補からたちまち脱落する。それを仕組んだのはトランブレだった。その上トランブレの選挙買収の事実まで明らかとなる。ベリーニに見切りをつけたローレンスたちはテデスコを教皇にするくらいならトランブレで妥協するしかないと考えていただけに彼のスキャンダルによる脱落は大きかった。
しかし、意外なダークホースが現れる。閉ざされた教皇庁の外では過激派の爆弾テロが各地で起きていてこのコンクラーベがなされているシスティーナ礼拝堂にもその余波が生じ、爆発で窓が吹き飛ばされてしまう。
その有様を見たテデスコはこれを機会とばかりに大演説をぶつ。リベラル派の相対主義がこのような事態を招いたと、今こそ異教徒を排斥するために戦うべきだと。
危うく彼の思惑通りにその場が流されようとしたときにベニテスが口を開く。戦うべき敵とは誰なのか、戦うべき敵とは自分自身の中にある他者を憎むという心を言うのではないかと。
戦火にさらされた地で長く布教活動を行ってきた彼の説く言葉に皆が諭されテデスコの思惑は見事に打ち砕かれる。そうして選ばれる新教皇。しかし彼にはやはり秘密があった。
神の代理人とも呼ばれるカトリック教会の最高指導者でもありバチカンという国家の国家元首でもある教皇を選ぶ選挙を描いた本作。そこで描かれる様はけして聖なるものではなく俗世間のものと何ら変わらぬ陰謀や駆け引きに満ち溢れたものだった。
金で票を買おうとする者、スキャンダルで政敵を陥れようとする者、不安を煽り立てて敵を作り自分に支持を集めようとする者。これはまさに現在の世界の縮図でもある。特にアメリカや欧州諸国で近年みられる政治状況がそのままこの教皇選挙に反映されていて実に社会風刺のきいた作品となっている。
ミステリーとしてもよくできていて、特に作品前半から傍観者然としていたローレンスがその意思に反して選ばれるのではないかと観客を誘導する。
教皇の死に涙するローレンスの姿から彼らが特別な関係にあったのではないかと思わせる。そして教皇が秘密裏に枢機卿に任命していたベニテスによる彼への投票。有力候補のアディエミのスキャンダルを仕組んだ黒幕が教皇であったことなどからすべては死んだ教皇によりローレンスの新教皇選出が仕組まれていたのではと観客に思わせてのラストのどんでん返し。
しかしこの結末には納得させられた。前半の司教による説教でシスターたちへの見え透いたフォローに対して皮肉な笑みを浮かべるシスターアグネスの姿。同じく中盤での見えない存在の我々でも神は目と耳を与えてくださったという彼女の言葉。カトリックで長年あからさまになされてきた女性差別が伏線として描かれている。
そしてこれはたまたまだろうが昨年現教皇のフランシスコが大学の抗議でジェンダー平等を否定するような発言も物議をかもした。
それらを加味すれば最終的に性別にとらわれない教皇の誕生というのも予測できないことではなかったのかもしれない。
2000年の歴史を持つカトリック教会、幾多の試練や改革を経てもなお古い体質は抜けきれない。本作で描かれた黒人の枢機卿の存在もブラックライブズマターを経て初めて認められた。女性など何年教会に仕えても聖職者にはなれない。女性の地位向上を目指してきたフランシスコ教皇でさえも前述の通り凝り固まった考えがいまだ抜けきれない。
自由と平等がキリスト教の教えであるはずが家父長制的な思想からはいまだ脱却できないでいる。
テロによる爆発で吹き飛ばされた窓からシスティーナ礼拝堂の壁面に光が差すシーンが印象的だった。真の自由と平等の光がこのカトリック教会に差す日が来るのはまだまだ遠い先のように思えた。それがテロのような暴力によらずに。
現実にはベニテスのようなインターセックスの人間が選ばれることはまだまだないだろう。本作では選挙が終了した後に彼の秘密が判明するがそれが選挙が決する前なら当然ローレンスにより候補から脱落させられたであろう。
数人のシスターたちが開かれた扉から駆け出す姿を窓から見下ろすローレンスのシーンで作品は終わる。25年周期で行われる「聖年」の儀式では教皇が普段は閉ざされた聖なる扉を開くのだという。
それにより信者たちは免償を受け、奴隷は解放されるという聖年の儀式。カトリックにおいて女性やマイノリティが真に解放されるのはいつの日か。
ちなみに教皇に選ばれたベニテスが教皇名に選んだインノケンティウスという名前に引っかかった。歴代教皇に多い名ではあるがその大半が悪名高い教皇として知られる。
インノケンティウス4世は十字軍の遠征を繰り返し、果ては当初の聖地奪還という目的を見失い侵略戦争にまで発展してしまった。また周囲の意に介さない者たちを次々と破門し教皇庁の権威を最大にした人間でもある。
またインノケンティウス8世などは異端審問、魔女狩りを大きくすすめた人物でもある。ベニテスがこの名を語った時にローレンスがけげんな表情を一瞬浮かべたのもわかる気がする。
本作はインターセックスの人間が教皇に選出されたという単にポリコレを意識した作品というだけでなく、やはりいまだ世界に大きな影響力を持つ教皇選挙の危うさをも描いているように感じた。
アメリカという世界の超大国においてもキリスト教ロビーの影響力は絶大だ。そんな世界に多大な影響力を持つカトリック教会の教皇が密室で選ばれてることの恐怖を少なからず感じさせもした。
今晩は。コメント有難うございます。
ジョーダンですよ。はッはッは。
けれども、初日に観に来て、寝るのってどーなのよ!と思ってしまうのですねえ、私は。で、手が出(以下、自粛)家人からは、刺されるからヤメテ下さい!って言われますが、客電が上がった後に結構周囲から感謝されます・・。では。