劇場公開日 2025年3月20日

「第一級のミステリー映画であり、しっかり今日性も感じさせる人間ドラマ」教皇選挙 いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0第一級のミステリー映画であり、しっかり今日性も感じさせる人間ドラマ

2025年3月16日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

本作鑑賞にあたり、タイトルにもなっている「教皇選挙(コンクラーベ)」のことは知らなくても全く問題ない。というより、むしろ知らない方が話の展開にグイグイと引き込まれるだろう。これは、選りすぐりの名優たちの演技とともに堪能する「第一級のミステリー」なのだ。
たとえば、ここでポアロの探偵もの——そう、シドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』などを引き合いに出しても、あながち外れてはいないだろう(ちなみに同作でアカデミー助演女優賞を受賞したイングリッド・バーグマンの役どころは、やや強引だが『教皇選挙』におけるイザベラ・ロッセリーニの立ち位置を連想させないでもない)。

ただし本作に「殺人事件」はない。また「謎」を解くカギ(?!)は「ダイバーシティ」と「寛容性」というのがユニークだ。旧態依然としたヴァチカン内部を舞台に、古典的なミステリー映画の体裁をとりながら、しっかり今日性も感じさせてくれて共感を覚える。

もうひとつ、本作ではヴァチカンという“特異な”社会環境の中で展開する人間関係が圧倒的リアリティをもって描かれるのだが、そこに浮かび上がってくるのは人間の“普遍的な”欲望の一つである「権力欲」というのもまた面白い。

映画の幕開けは、主人公が、急逝した教皇の枕元へ駆けつけるところから始まる。その「現場」に一緒に放り込まれた私たち観客は、おごそかな気分を打ち破るように聞こえてくる不穏な「音」の数々——教皇の印章を取り外すために指輪の台座を叩き壊す音/遺体収納袋のジッパーをジジジと引き上げる音/ストレッチャーへ遺体をドスンと移し替える音/ストレッチャーの車輪が軋む音——によって、暗雲立ちこめるこの先の展開を自ずと予見することになる…。じつに見事な導入部だ。

そんな本作の語り口自体はオーソドックスで、野心的な試みこそないが、作品のあちこちに過去の映画への敬愛も感じさせてくれる仕上がりとなっている。

たとえば——枢機卿たちが宿舎とするカーサ・サンタ・マルタの廊下に並ぶ各室のドアは、どこかルノワール監督作『ゲームの規則』のようだ。また投票会場となったシスティーナ礼拝堂の天窓を破壊する爆発は、フェリーニ監督の『オーケストラ・リハーサル』終盤で突如、轟音とともに聖堂の壁を突き破ってあらわれる巨大な鉄球を思い出させる。さらに最後、主人公が窓から見下ろす中庭の眺めは、シドニー・ルメット監督作『十二人の怒れる男』のラストシーンに描かれた雨上がりの戸外のように、希望と余韻を残すものだ。
そもそも本作の舞台である「システィーナ礼拝堂」と「カーサ・サンタ・マルタ」が、名門チネチッタ撮影所内に再現されたセットだと聞いただけでも、映画ファンの心をくすぐるに充分だろう。

キャストに目をやると、レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、セルジオ・カステリット、ルシアン・ムサマティといった名優、ベテラン勢が繰り広げる演技合戦から片時も眼が離せない。彼らはいずれも人を諭す立場にある枢機卿の役だからやり過ぎは禁物なのだが、ふとした素振りの中にバチバチ火花散らすような気配を漂わせたり、慇懃無礼や逡巡を覗かせて絶妙のひとこと。また、思わぬ伏兵となるイザベラ・ロッセリーニ、カルロス・ディエスの2人にはしてやられた(笑)。これまたお見事。

さて、最後のどんでん返しは、教会組織の内実に鑑みるとあまりに現実離れしており(※決して「教会組織内の現実」が正しいわけではないが)、しかも名探偵みずから事実隠蔽に加担するのであろう展開に一瞬戸惑いを覚えた。が、それに続く、修練女たちの喋り声のこだまする中庭とゆっくり自閉するドアの描写によって、アレは、やがてくる時の趨勢を見据えた映画ならではの「決着」なのだ、とストンと腑に落ちた。

以上、試写会にて鑑賞。上映後の晴佐久昌英神父のトークは実に示唆に富み、「ナルホド!」と何度も頷いた。大感謝。

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いたりきたり
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