「青い情熱をたぎらせ、真っ白いキャンパスに描いていく」ブルーピリオド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
青い情熱をたぎらせ、真っ白いキャンパスに描いていく
毎年何かしら描かれる部活模様だが、定番の野球部やサッカー部やバスケ部よりちょっと風変わりな部活こそ映画映えして面白い。男子シンクロ、ロボットコンテスト、競技かるた、水墨画…。
本作は美術部で部としては定番だが、ここまでがっつりメインに据えたのは珍しく、作風も先述のようなものを感じる。
高校生の八虎は友人らと飲酒や夜遅くまで遊び歩く不良でありながら、成績は優秀。
稀にいる勉強しなくても学業が出来るタイプ。数々の不良行動や授業中上の空でも、いざ解いてみろと言われても難なく解く。教師にとっては厄介な存在。
仲間受けも良く、勿論女子にもモテるだろう。う~む、こんな生徒になりたかった…。
しかし、当の本人は無気力。学業にも友人関係にも日々の生活や人生にも真剣になれるものや手応えも感じていなかった。
そんな時、美術部の一枚の画に魅了され…。
きっかけは水墨画題材の『線は、僕を描く』と似ている気もするが、動機や挑み方は似て非なり。
学業やおそらくスポーツも万能。何でもこなせる八虎にとって“画”という世界は初めて。未知数。
これまで興味もほとんど触れてもこなかったが、たった一枚の画の美しさにその世界に興味を持ち、足を踏み入れる。
自分はこの“初めての世界”に何処まで通用するのか…?
美術の課題で“私の好きな風景”を描く事に。八虎は普段見ている新宿の街並みを描く。
ただのスケッチではなく、いつも見ているその風景が八虎にはどう見えているか。
青一色。空は勿論、ビル街も青。青い世界。
その不思議な美しさ。いつもつるんでいる友人らも感嘆。
いきなり非凡な才を発揮。その才を信じ、美術部に入る。
一年先輩で部長の森。八虎が魅せられた画を描いた張本人。幼く見えて画に対する姿勢は真摯。
顧問の佐伯。掴み所が分からぬように見えて、受験科目に無い美術をやる意味やこんな自分でも今から美術の世界に入れるかなどの八虎の疑問に鋭く核心を付く。
二人との対話を通じて、興味本位ではなく本気で美術に挑む事を決めた。
目標も決まった。美術を学ぶ学生たちの最高地、東京藝術大学…!
予備校へ。
周りは突然美術の世界に飛び込んだ自分と違って、早々と藝大を目指す意気盛んな“真っ白なキャンパス”たち。
スタートラインは皆と同じではなく、レベル違い。
課題で像をスケッチする事になったが、自分が一番下手なのは言わずと分かる。
“青い新宿”で感じた手応えは勘違いだったのか…?
ここで嫌気が差し、諦めなかったのが八虎がただの凡人ではない所。
何でもソツなくこなせた八虎にとって、それは初めての屈辱だったかもしれない。
むしろそれでさらに火が点いた。八虎の中の青い炎が。
受験や自分の人生に全く関係ナシと当初は思った美術の世界だが、いざ描いてみると奥深い。
もっともっと、知りたい。
もっともっと、描きたい。
ハングリー精神。貪欲に。ひたむきに。
自分でも不思議なくらいのめり込んでいく…。
なかなか予備校講師から合格点得られなかった八虎だが、少しずつ技術力も表現力も向上していく。
しかし、まだまだ。
周りは秘めた才能だらけ。ライバルだが、親交も深めていく。
不良で突然飛び込んできた八虎を邪険にはしない。助言、相談、理解…。切磋琢磨しながら。
家族の理解を得るのは難だった。父親は好意的だが、母親は受験に関係ない美術をやる事に疑問。かつての自分のように。
一枚の画を描く。母親の画。描いて改めて気付いた。
母さんは本当に苦労して俺を育ててくれている。母さんの気持ちは分かるけど…、でも今は画を描きたいんだ。
その画を見て息子の本気を知り、母親も考えを変える…。
藝大を目指す体勢は整えた。が、ここからなのだ。
藝大の入り口。倍率は何と東大以上…! 狭き門。
そんな所に俺は入れるのか…?
やるしかない。やると決めたんだ。
周りと比べて取り柄も才も無い自分。
ならば、描くしかない。
描いて、描いて、描きまくれ。
様々な色(感情)が交じり、分からなくもなってくる。
が、そのごちゃごちゃになった色の中に、次第に見え始めてくる。自分の目指す色が…。
眞栄田郷敦、高橋文哉、板垣李光人、桜田ひよりら旬の若手を揃え、恋模様絡めた青春絵画が描かれるのかと思いきや、恋愛模様が一切ナシなのは意外だった。
彼らの目標は藝大。恋愛にうつつを抜かしている暇はない。恋愛やりたきゃ他でやれ。恋愛してる暇あるならとにかく描け!
青い情熱を燃やす眞栄田郷敦。
彼のライバル的存在で、周りでも非凡な才を持つ世田介。それ故周りから孤立し、理解されない事も。苦悩する姿は八虎と同じ。板垣李光人が巧演。
てっきり恋のお相手と思った桜田ひよりだが、八虎に影響与えた先輩。出番は多くないが、好演。
ひょっとしたら“ヒロイン”は“彼”かもしれない。八虎の同級生、鮎川。通称“ユカちゃん”。男子だが、普段も学校でも女装姿。性格も画の表現も個性的で自分に正直に。八虎にとって一番の助言者であり理解者。高橋文哉が驚くほど綺麗!
美術部顧問の薬師丸ひろ子や予備校講師の江口のりこは勿論好演だが、八虎の予備校仲間の面々もいい。青春劇はこうでなくちゃ。
アニメ版も手掛けた吉田玲子が脚本。
萩原健太郎監督の演出も堅実。
欲を言えば、もうちょっとメリハリや熱いものが欲しかったかな…。
他の部活奮闘青春作と比べて、ちょいアート寄り。美術部なので作風的には合っているかもしれないが、好みも分かれそう。
が、他の部活同様、好編なのは確かだ。
コミック原作、青春×部活、旬のキャスト…ありふれた作品ながら、胸のすく心地よさ。
いよいよ受験開始。
第一試験は、自画像。
第二試験は、ヌードモデル。
ただ上手く描けてもダメ。そこにどう自分の個性を描くか。自分の描きたいものを描くか。自分を表現するか。
限られた時間の中で考え考え抜き、キャンパスの中に見出だす。
自画像は斬新。
ヌードモデルは芸術的。
自分の描きたいものを。自分を信じて。ありのままに。
合格発表。
各々の明暗。別の道を行く者も…。
八虎は…。
出過ぎかもしれないが、そうでなければ話は進まない。
原作は藝大編へ続く。本作は興行的に不発だった為続編は無いだろうが、始まったばかり。
青い情熱をたぎらせ、真っ白いキャンパスに何を描いていくのかーーー。