「天国で地獄」ブルーピリオド U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
天国で地獄
直向きな情熱が迸る。
予告で見た「情熱は武器だ」に偽りはなかった。
前田郷敦を初めて見た気がする。
彼はとても綺麗な目と美しい手を持った役者さんだった。美しい指先を持つ俳優は男女を問わず惹かれてしまう。
物語は静かに始まる。
まだ何者でもなく、何者にでもなれる季節。情熱の行き先や所在を探しあぐねてる世代には無茶苦茶刺さると思われる。
「好きな事をする努力家は最強」だったかな、薬師丸さんが八虎に向かって言う台詞なんだけど、ホントその通りだと思う。おまけに彼はそこに飛び込む勇気も持ってた。
絵の事はよく分からないのだけど、芸事になると終わりはないし、完成もない。ましてや好きな事となると、妥協は出来ないし嘘もつけない。そして、努力を努力とも思わない。
至って普通にのめり込む。
その有り様は、外野から見ると狂人にしか見えない事もある。けれど本人はソレを苦とも思わないし、足りないと思うし、渇望に似た貪欲さを発揮したりもする。やってもやっても辿り付かない。どこまでやっても満たされない。何地獄なんだとも思うけど、本人達には天国だ。好きな事にひたすら集中し埋没していける環境はあるが、全ての人に居住権が与えられるわけではない。存在意義を賭けた生存競争に絶えず晒される。
周りは言うし、本人も言う。
「そんな事で食べていけるの?」
金を稼ぐのは大切な事だ。生きていく為には必要不可欠だ。けれど、ソレよりも大切だと判断してしまったなら突き進むしかない。むしろ、そういう輩しか入ってきちゃいけないと思う。
どこで野垂れ死のうが自業自得だ。
バカと狂人しかいちゃいけない世界なんだ。
郷敦氏は灼熱の如き情熱に絆された八虎を好演してた。ご本人境遇とリンクする箇所もあったのかもしれないが見事だった。
加速していく展開も好きで、彼が抱えていた葛藤と闘争を端的に見せるカットも盛り込んであるのもいい演出だったと思う。
失敗と挫折は付きもので、それすら踏み越えてまたは引きずってでも進む。
決意を告げられた夜に、何度も何度も頷いてようやく絞り出したか細い「うん」って描写が胸を撃つ。
そして彼は扉を開けた。
果てしなく続く坂道の麓に立った。
好きな事に向き合って自分と対峙し続けた結果だ。
物語はちゃんと敗者も描く。
誰しもが鍵を手にするわけではない。必ず優劣は存在する。それを認めるか認めさすかは別問題だ。
ジェンダーの彼なんかは「普通」って価値観とも戦ってて彼の口から発せられる言葉はどれも切実だった。
誰もが通る分岐点。
その分岐点に立つのは、果たして幸運なのか不運なのか?選ぶのは自分だ。
なんとなくお利口で冷めた時代だと思っていたけれど、そんな風潮に一石を投じるに値する作品だった。
何者にでもなれる期間は存在するが、有限でもある。葛藤と情熱に身悶える世代に見てほしい。
この作品を見て、引き返す選択をしたとしても、それはそれで幸運な事だと思う。
なんせ、彼らの進む道は死ぬまで地獄だ。
ただその地獄を嬉々として楽しめる素質がある一部の狂人には天国に等しい。
そんな事まで感じさせてくれた監督に感謝だ。
見応えありました。
あ、後BGMの入りが良くてどれも素敵だった。
オープニングとか、なんだかザワザワする。