劇場公開日 2024年8月9日

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「画の凄みを映像化する離れ業をやってのけた傑作」ブルーピリオド クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0画の凄みを映像化する離れ業をやってのけた傑作

2024年8月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

知的

萌える

 まるで期待しておりませんでした、ただ予告編で主演の眞栄田郷敦の「目力」が何やら私の心を刺し、鑑賞を決めた次第、大正解でした。原作が漫画なんてまるで存じ上げず、本映画としての感想です。なにより予告もなしに突然開けるその瞬間を映像化し得たことが傑作の証なのです。東京芸術大学の入試の難しさなんてまるで知らず、現実はこんなもんじゃないかも知れませんが、こんなケースもあり得ると思わせてくれたのですから十分です。

 今時の高校生の生態がこんなにチャラいの?と驚きではあるけれど、スポーツバーでビール? 朝帰り? 髪染めなんて当たり前? それらを飲み込んでしまえば、その先は私の高校生時代と意識はさして変わらない。ダチとつるんでの行動を無意識の安全牌だと言う事、そしてその輪から逸脱する微妙な個の飛躍を遠慮気味に、しかししっかりと描き、涙すら催す輝きをしっかりと私は受け止められました。言葉にすれば簡単でしょうが、水彩絵の具が水面で一瞬にして拡がるさまで表現する映画的悦楽に、萩原健太郎監督ってこんなに巧かった?って嬉しい驚きでした。吸ってもいないタバコを常に持ち歩く、この感覚だけで一瞬で我が青春の痛みが蘇るのです。

 お話は芸大受験一直線のスポ根もどきですが、努力すれば報われる世界ではない。けれど感性を研ぎ澄ますに、方程式はまるでない、結局のところご当人が紆余曲折、足掻いて叫んで見つけ出せるか否かの狭間の物語。そこに至るにまずは高校二年の段階での好きな事の発見が第一、第二は目標定めたら一気呵成、美術の予備校での切磋琢磨、そして第三が受験の修羅場と大きく三つに分かれる。

 先輩の女高生、武蔵野美大の推薦合格に至るまでの交流で、課題と出された風景画で確実に答えに至るプロセスが圧巻です。「あなたが青く見えるなら りんごもうさぎの体も青くていいんだよ」って凄いですよ。プッシュする美術の教師役の薬師丸ひろ子が付かず離れずの温か味で主人公を包む。「好きなことをする努力家はね 最強なんですよ」ここで主人公は自ら気付く。

 美術予備校での天才との出会いは強烈で、確かにそれを観客に判らしめる形で提示される。ごもっともごもっともと。江口のりこ扮する講師の衣を着せない物言いも納得で、比較される絵画も違いが判るのが絶妙で。ユカちゃんこと鮎川龍二の造形も何の違和感も感じさせません。「悔しいと思うなら まだ戦えるね」は言い得て妙。本人も一挙に目覚め「才能がない人間でも天才と見分けがつかなくなるまでやればいい」とのめり込む。高校でつるむ一人が廊下から沢口の変容が気になるシーン、しっかり後から「俺パティシエになる」と伝える素晴らしい連鎖反応に、涙ボーだです。

 いよいよの受験が振るっている。一次が「自画像」二次が「裸婦像」、いきなり筆を走らせるのではなく、意識を言葉にしそれを文字として書き留める、この作戦が実に分かり易い。一次は偶然のアクシデントによる鏡の破損によるアプローチ。二次はその直前でのユカちゃんの失踪に絡み、全裸で己の自画像を描くシーンが本選で活きる。ご都合主義といわれればその通りですが、プロセスを映像で積み上げる手段として巧く活きている。ちなみに、裸婦のモデルさんが登場しますが、モデルの全裸正面ショットくらいあって当然とも思うのですがね。

 こうして、いよいよの発表シーンもお見事で、事業に失敗し今は夜勤の父と母に静かに伝える。この母には前段で母のスケッチのシーンがあり、奥行きを感じさせる画づくり。ついで予備校講師のサプライズ笑顔、そしてつるんだ仲間達の歓び爆発シーン、最後に高校の恩師がまさに二次試験の作品を観、観客にも初めて見せる仕掛け。

 前述した刺さるセリフも原作由来でしょうし、夜明けの渋谷の街に浮遊するシーンも漫画由来でしょう。と言うことは映画に登場した絵画の数々はどう表現されてたのでしょうかね、漫画では。この辺りが、漫画原作の映画化において絵コンテがわりになってしまっている事が、いいのか悪いのか悩ましい。それにしても眞栄田郷敦の圧巻の美しさと憑依したような熱演が確実に本作を支え、彼無しには成し得なかった境地が確かに本作に息づいてました。

クニオ