ドマーニ! 愛のことづて : 映画評論・批評
2025年3月11日更新
2025年3月14日よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほかにてロードショー
女性たちの小さな声が集まって叶えられる希望の物語を意外性満点に紡ぐ
スライス・オブ・ライフとは、日常の何気ない1コマのこと。主人公デリア(パオラ・コルテッレージ)にとってのスライス・オブ・ライフは、夫イヴァーノに殴られることだ。たとえば冒頭の朝の場面。ベッドから起き上がり「おはよう」と言っただけで、デリアの頬には先に目覚めていたイヴァーノのビンタが飛んでくる。その後、何事もなかったかのように髪をとかし始めるデリア。彼女の平然とした表情からは、夫のビンタがありふれた日常であることが読み取れる。
イタリアで男女平等を基本にする憲法が制定されたのは1947年。法的に離婚を認める離婚法が成立したのは1970年。1946年に生きるデリアには、殴られようが蹴られようが今の結婚生活から逃れる術はない。そして、デリアが仕事をもらっている金持ちの奥様たちもまた、夫から虐げられる立場であることに変わりはない。そんな女性たちが、何に救いを見出し、何に未来を託したのか? 小さな声が集まって叶えられる希望の物語を、脚本と監督も兼ねたコルテッレージは意外性満点に紡いでいく。

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ドラマを動かすのは、長女マルチェッラに寄せるデリアの愛だ。玉の輿に乗ることに、女の幸せを見出しているマルチェッラ。かたやデリアは「自分と同じ過ちだけは犯してほしくない」と考え、娘が賢い選択をしてくれることを願っている。そんな彼女の思いが過激に昇華するエピソードは、大胆不敵すぎて笑いが出てしまうほど。母たる者の強さが強烈に印象づけられる。
モノクロームの映像は、市井の人々の生活をリアルに描写するネオレアリズモのタッチ。ある決意を胸に秘めたデリアが行動を起こそうとしたところで予想外の出来事が起こり、アタフタする姿は、ビットリオ・デ・シーカ監督やピエトロ・ジェルミ監督のコメディに登場するマルチェロ・マストロヤンニのようだ。一方で、デリアが夫から激しい暴行を受ける場面をダンスの振り付けのように描き、極度の悲惨さを回避する演出にはコンテンポラリーな感性が光る。コルテッレージ監督は、現代の女性の視点から過去をみつめ、圧倒的弱者の立場にあったごく普通の女性たちが勇気をもって成しえたことに賞賛とリスペクトの拍手を贈っている。それが、この映画がイタリア国内興行収入第1位になった最大の理由だろう。
(矢崎由紀子)