「かなり重めの話で当事者意識を持てる人は少ないが、置き換えをできる人ならば変化が理解できるかもしれません」港に灯がともる Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
かなり重めの話で当事者意識を持てる人は少ないが、置き換えをできる人ならば変化が理解できるかもしれません
2025.1.18 MOVIX京都
2025年の日本映画(119分、G)
震災後に生まれた在日韓国人3世の葛藤を描いたヒューマンドラマ
監督は安達もじり
脚本は安達もじり&川島天見
物語の舞台は、阪神・淡路大震災から20年後の神戸
祖父母の代で日本に来た韓国人一家は、神戸の長田に居を構えて、祖父の工場で生計を立てていた
祖父が亡くなり、父・一雄(甲本雅裕)がその工場を継ぐことになったが、2005年1月17日、阪神・淡路大震災が起こってしまう
工場は潰れ、生き延びる為に住む場所も仕事も変えるこことを余儀なくされる
当時、長女の美悠(伊藤万理華)は幼児で、次女の灯(富田望生)は震災の翌年にこの世に生を受けていた
さらに数年後に長男の滉一(青木柚)が生まれ、子どもたちは日本に来た苦労も、震災の余波も知らずに育ってきていたのである
灯もようやく成人式を迎え、お祝いをしようという雰囲気になるものの、両親は不和状態で別居と言いだすし、姉はとんでもないことを言い始めてしまう
それは、結婚する為に帰化をするというもので、姉の中ではすでに決まっていて、他のみんなはどうするか、という選択を迫るものだった
姉はそのことで父と喧嘩になり、それ以降も何かあるたびに衝突を繰り返していく
そんな中、灯はどうしたいかがわからないまま、流されるように帰化の方向へと進んでいくことになった
物語は、祖母の死によって再会した家族が、帰化問題でさらに険悪になる様子が描かれていく
姉も灯もすでに外に居を構えていたが、この一件から灯は情緒不安定になり、精神科にかかるようになってしまう
改善が見えぬまま、仕事を辞めて母(麻生祐未)の元に居候することになり、弟からは嫌味を言われてしまう
そんな中でも帰化問題は勝手に進んでいて、灯は「死にたい」と考えるようになっていた
灯の不調を心配する親友・寿美花(山の内すず)は、垂水にある「富川診療所」に行ってほしいと言い、そこは彼女の母がお世話になったところだと告げた
映画は、灯が富川医師(渡辺真起子)の診察を受ける中で、自分の心に浮かんだものを書き留めていく様子が描かれていく
それらを集会で発表することになり、徐々に自分というものがわかってくるようになった
さらに、父と同じようにすぐに激昂する参加者・林(田村健太郎)を見て、父となぜ分かり合えないのかを感覚的に捉えていく
その後、灯は設計事務所に転職することになり、かつて自分が住んでいた街・長田にある「丸五市場」の再建に関わるようになっていく
設計事務所の青山(山中崇)は、酒で失敗したことがある男で、彼の共同経営者・桃生(中川わさ美)と長くこの業界を生きてきた
青山は丸五市場の老朽化を何とかしたいと考えていて、そこが「いろんな人種の共生場所」であり、震災当時が助け合いの最前線だったことを知っていく
そんな中で、灯のマインドが少しずつ強くなっていき、父親と話せるところまで回復するのである
個人的な感想だと、自分自身を構成する要素についての物語で、灯も父も「自分が組み込んだもの以外の要素の多さ」に悩まされているように感じた
生まれながらにして「祖父母の苦労」「両親の苦労」というものがのしかかっていて、さらに震災でおかしくなった過去と、在日であることの危うさというものが突きつけられてしまう
二十歳そこそこの人に消化できる問題ではないのだが、目的が明確な姉はそう言った問題には振り回されていない
彼女の中にも同じようなものが重積していたと思うのだが、ある種の割り切りを持っていて、それは父親を反面教師に見ているからのように思えた
人には体験による構成要素と、知識として蓄えられる構成要素があって、当初は知識が多いけど、体験がそれを上回っていくものだと言える
普通の家庭だと、知識を体験で上書きできるのだが、灯たちはその知識を体験で上書きすることができない
なので、そのまま知識として残っているのだが、「それを理解できないのはおかしいとい価値観を持つ人間」がそばにいて、それに攻されてしまう
わかりあう為には、相手の理解度というものを確認する必要があって、伝えたと伝わったはイコールではない
その欠如の繰り返しが「相手がわかってくれない」という固定概念に繋がっていて、そのわかりあいを無駄だと割り切っているのが姉なのかなと思った
いずれにせよ、かなり重めの映画で、ほとんどの人が傍観者になる映画だと思う
とは言うものの、親から過剰な要素を押し付けられている人はたくさんいるし、自分を構成する要素が薄まることに恐れを抱く人もたくさんいるだろう
死にたいと考える人もいれば、そう思っているんじゃないかと周囲の闇を感じて悩む人もいる
そう言った世界でどのように生きていくかといえば、結局のところ「自分の体験によって生まれた構成要素を大事にしつつ、相手の構成要素にも敬意を払う」と言うことなんだと思う
父がなぜ帰化を拒むのかと姉が帰化を急ぐ理由は相反する概念ではなく、その角度は微妙に違っている
だが、その相違が生まれるのが世代というものであり、それを埋めるかどうかは「それぞれの価値観で決めるもの」なのだろう
それによって薄れてしまうと感じるかもしれないが、実際にはそれで自分の構成要素がなくなるわけではないので、そこをきちんと分別することが大人として生きることなのかな、と感じた