「愛する人のことを考えながら逝くというのは最高級の幸福なのかも知れません」ある一生 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
愛する人のことを考えながら逝くというのは最高級の幸福なのかも知れません
2024.7.16 字幕 アップリンク京都
2023年のドイツ&オーストリア合作の映画(115分、G)
原作はローベルト・ゼーターラーの小説『Ein Ganzes Leben(邦題:ある一生)』
親戚に育てられた少年の、過酷に思える一生を描いたヒューマンドラマ
監督はハンス・シュタインビッヒラー
脚本はウルリッヒ・リマー
原題は『Ein Ganzes Leben』、英題は『A Whole Life』で、ともに「一生」という意味
物語の舞台は、1900年頃のオーストリアのアルプス山岳地帯
両親を亡くし、母の兄であるユーベル(アンドレアス・ルスト)の農園に連れてこられた少年アンドレアス・エッガー(イヴァン・グスタフィク、成人期:シュテファン・ゴルスキー、老齢期:アウグスト・ツィルナー)は、奴隷同然の扱いを受ける事になった
ユーベルには息子2人、娘2人がいたが、息子2人は若くしてジフテリアで死亡し、働き手はエッガーしかいなかった
第一次世界大戦が勃発し、エッガーも徴兵の対象になっていたが、ユーベルは軍に出向き、働き手がいないから兵役を免除しろと嘆願した
それが受け入れられて、エッガーはユーベルの元を逃げるチャンスを失ったのだが、成人して体力的に逆転した時期を見計らって、ユーベルを脅し、彼の元を去ることができた
その後エッガーは、ロープウェイの建設作業員として働き、宿屋のバーにいたウェイトレス・マリー(ユリア・フランツリヒター)と恋に落ちる
やがて、一緒に住み始め、二人は赤ん坊を授かろうとしていた
そんな矢先、彼らの住む家は雪崩に巻き込まれ、マリーとお腹の子どもは死んでしまうのである
悲痛にくれるエッガーは、その後天涯孤独の身を貫き、老年になるに連れて山奥へと向かっていく
そこで小学校の先生をしていた老女アンナ(マリア・ホーフテッター)から誘われても、彼の体は反応しない
そうして、マリーへの手紙を「死ぬその日まで」認め続ける事になったのである
本当に平凡で過酷で悲劇的に思える人生なのだが、彼自身がそう思って死んだかは何とも言えない感じがした
彼を酷使し続けたユーベルは、妻も息子二人も早々に亡くしている
働き手がいなくなった農場が続いているとも思えず、娘たちがどんな人生を歩んだのかもわからない
それぞれに幸も不幸もあるのだが、それを俯瞰的に見るか、客観視するか、同化するかで見え方も変わっていくように思えた
映画は、本当に普通のある人生を描いていて、何かを成したわけでも、何かを残したわけでもない男を描いていた
そこに人間の幸福があるようには見えないのだが、一人の女性を愛し、その命が尽きる時までマリーのことを想って力尽きる人生というのもなかなかないと思う
彼女に宛てた手紙は誰に知られることもなく、エッガーの棺とともに埋葬されるのだが、これが儚くも幸福だった人生のように思えるのが不思議なところではないだろうか
いずれにせよ、劇的なことはそこまで起こらず、あまり観ていて楽しい映像が続くということもない
だが、ほぼ五体満足のまま命が尽きるというのは、現代社会ではあり得ないので、それはそれで恵まれているのかなとも思う
ロープウェイ建設で無駄に死んだ人もいるし、食うに困ってのたれ死んだ人もいるだろう
また、裕福から転落して惨めになった人もいるし、欲しいものを全て得た人もいたりする
そう言った様々な人生の中でも、最期にどう死んだかというのは重要で、彼の葬式には多くの人が集まり、丁重に葬られたという事実はそれを証明しているのかな、と感じた