「一度だけの人生、何か一度だけでも勝て!」YOLO 百元の恋 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
一度だけの人生、何か一度だけでも勝て!
今や日本を代表する名女優となった安藤サクラ。その地位を確立。
監督の武正晴と脚本の足立紳にとっても出世作に。
劇中さながらのハングリー精神(脚本の足立はウケなかったら映画を辞める覚悟だった)で見る者の心を熱くさせた名作『百円の恋』。
10年の時を経て、中国でリメイク。
それは無名ボクサーがチャンピオンに挑むようなもの。
オリジナルの監督・武と脚本の足立らが監修で協力。オリジナルへしっかりリスペクト。
主演のみならず監督・脚本も兼任したジア・リン入魂の本気度もあって、似て非なる魅力と熱さを持った作品として、再ファイト!
話の流れはほとんど同じ。多少の相違はあるが(オリジナルの一子に該当する主人公ローインの深夜のバイト先、オリジナルで新井浩文が演じたボクサー・狩野に該当するクンとの出会い~破局)、大きく印象が違うのは作風。
オリジナルでは一子や狩野や周りもどん底を這いずるような人間臭いドラマ模様だったが、本作はコメディ色がちょっと濃い。主演のジア・リンが中国では人気のコメディエンヌだからでもあるだろう。
しかし、あの力作がただのコメディにリメイクされてしまった訳ではない。
コミカルタッチの中にも不器用な恋、家族間の問題、容姿への偏見、女性が一人で生きていく(挑戦する)難しさ、ほろ苦さや哀しさ…。オリジナルの要素と本作ならではの新要素をブレンド。
それもこれも、オリジナルに感銘を受けたというジア・リンの才と並々ならぬ努力の賜物だろう。
人気のコメディエンヌであり、中国国民的女優のジア・リン。
日本でも2022年に公開された『こんにちは、私のお母さん』は本国中国や世界中で大ヒット。監督も務め、マルチな才。
本作での初登場シーンには驚いた。
小太り体型。元々80キロあった体重を、100キロに増量。そこから半分の50キロに減量。
デ・ニーロ・アプローチも真っ青!
オリジナルでも安藤サクラが贅肉ぶよぶよ体型からボクサー体型にシェイプアップ果たしたが、ジア・リンの増減はオリジナルを上回るどころか映画史にも残る。
安藤サクラは僅か一週間で身体作りしたそうだが、ジア・リンは一年かけて。これほどの増減なのだからそれくらいも掛かるだろう。
その間、ほとんど公には出ず、ただひたすら減量とトレーニング。日本で人気売れっ子女優が一年姿を消し、別人のような姿で現れたら驚かれるだろう。
ジア・リンの驚異の減量トレーニング奮闘記。この模様はEDで紹介される。まるでEDが超短編のドキュメンタリーのよう。
しかし、この身体改造劇だけが見所じゃない。その地盤作りがしっかりしたからこそ、作品も名試合出来た。
やはりオリジナルの精神は全く失われてはいなかった。
どん底からの挑み。
自堕落な生活、家族や周囲からも嘲笑され、何をやってもダメダメ。そんな中で恋をするが、結局破局に終わり…。
私の人生、どうしてこんなにも最低どん底なの…?
私はずっとこのままなの…?
負け犬なの…?
否!
勝ちたいーーー。
この“勝ちたい”という気持ちは一念発起して始めたボクシングのみならず、恋や自分の人生そのもの、全てに通じる。
何をやってもダメなばかりの人生だけど、一度だけでいい。何でもいい。一度だけ、勝ちたい。
ローイン(や一子)の場合、そのきっかけがボクシングだった。
何でもいい。何か一度だけでも勝てたら、きっと私の人生は変わる…。
よほどの才能でも無い限り、ボクシングを始めたばかりのアマチュアが試合でいきなり勝てる訳がない。試合出来ただけでも奇跡。
相手ボクサーに苦戦。勝利はまず望めない。
セコンドはもう充分だと試合を止めさせようとする。
が、それでも彼女は闘い抜く。一発だけでも名パンチを決めた。
だけどすぐさま、相手の強力なパンチ…。
結果は言うまでもない。
結果だけ見れば負け。しかし彼女の挑戦を、誰が負けたなんて言えよう。
彼女は勝利もしたのだ。負けてばかりの自分の人生から。
試合後、クンと再会。痛いか?…と聞かれる。
そりゃあ痛いに決まってる。試合で受けたパンチ、あなたとの失恋…。
でも、その痛みがあるからこそ、私は生きている。生きていく。それを実感する。オリジナルの印象的なED主題歌が頭に流れた。
タイトルの“YOLO”とは、“You Only Live Once”の頭文字略。“人生は一度きり”。
一度きりの人生、熱く何かに立ち向かえ。一度だけでも勝て。
“百円”から“百元”になっても、心振るわし熱かった!