「果たしてこれはリメイクか? 諸刃の剣となる克己」YOLO 百元の恋 パングロスさんの映画レビュー(感想・評価)
果たしてこれはリメイクか? 諸刃の剣となる克己
まず、本作について少しでも関心を持ち、鑑賞したいと考えている人は、公式サイトはじめ一切の情報を遮断して、完全に「無」の状態で劇場(ないしは配信等)に臨まれることをお勧めする。
邦題から、2014年に公開され安藤サクラの出世作ともなった武正晴監督の『百円の恋』のリメイクらしいというぐらいの朧げな推測にとどめて、それ以上の詮索は鑑賞後の楽しみに取っておくのが吉と出るはずだ。
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【以下、ネタバレあり要注意⚠️】
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『百円の恋』は公開時に観たのでストーリー等の詳細はほとんど忘れてしまったが、非常に感動したことは確かだ。
Filmarks には、2023.12.27付けで「過去に観た記録。/安藤サクラの演技が素晴らしい。」の2行レビューとスコア4.0( 5.0 満点中)を付けて投稿した。
この「 4.0 」以上というのは、パングロス的な基準としては「文句のない傑作」に与える基準点。
細部を忘れて「良かった」「傑作だった」という記憶だけがある場合に「 4.0 」にするので、再見すれば、さらに加点される可能性が高いと思う。
題名からして、その『百円の恋』をリメイクした作品らしい、とだけ推測していると、やたら「何たら公司」のロゴを次々と観せられて、「あぁ中国映画だったんだ」と、東アジア圏での文化交流が最近再び活性化しつつあるのは良いことぢゃわなぁ、などと独りごちていると、ようやく本編が始まった。
ところが、最初から、どうも勝手が違うのである。
どう観ても、相当程度にお安いコメディにしか過ぎなかったからだ。
えっ?
『百円の恋』って、こんな安手のコメディだったかしらん???
と、頭のなかに、いくつもの「ハテナ」が浮かんでは消えず、その数が増え続けるのを止めることが出来なかった。
で、正直どうでもいいようなエピソードばかり色々あって、正直眠気を催して途中若干意識が遠のいたりしながら、主人公がボクシングジムでトレーニングを始めたのは、ほとんど終盤20分ぐらい(?)になってからだった。
で、太ってた主人公は頑張って痩せる、ってかボクサー体型になるんだよね、
と思って観ていると、ものの数分のうちに見る見る痩せて、100kg以上あった体重が最終的には56kgまで落ちて、見事に割れた腹筋を見せながらリングに入場して行くのであった。
手ごわい百戦錬磨の女子プロボクサーとの試合は、死闘と言っても良いほどに、初チャレンジの主人公も善戦したが、大方の予想通り負け。
このあたりは『百円の恋』と同じかな。
だけど、体型や人相まで変わるトレーニングもあっさりしていたし、試合そのものも、さして盛り上がらなかったような‥‥
短期間に100kgから56kgって、ホントだったら勿論スゴイけど、流石にこれは最初の方は、いわゆる肉襦袢というか全身込みの特殊メイクをしていたってことね、
と、ほぼ断定的に憶測していると、すぐにエンドクレジットが始まった。
と思ったら、キャストクレジットが流れる横で、ホントに100kgあった主人公が、エッチらオッチラ、過酷な減量トレーニングに励む姿が映し出され、最後には、日々の体重の増減の数値がグラフよろしく羅列して流されるのだった。
えっ?
肉襦袢やCGぢゃなくて、ホントに痩せたの?
と驚かざるを得ない訳なのだ。
その上、ダメ押しのように、本編ではあっさりスッキリ進んでいたストーリーのビハインドで、主人公が傷ついて号泣したり、窓から飛び降り自殺をはかったりする映像も流されるのだが、もうそれは、「ホントに痩せたの?」の驚きの前には、ほとんど蛇足のようにしか感じられない。
で、どうもテロップを観て行くと、この「ホントに痩せた」主人公のジャー・リン女史、何と本作の監督さまでもいらっしゃったのね、ってことで、またビックリ。
正直、『百円の恋』という作品への評価が高かっただけに、このエンドクレジット脇の映像を観せられる前までは、
「うむ、これは良くて 1.5 だな」
と思っていたのだが、ハタと考え込んでしまうことになった。
うぅむ。
確かに驚かされた。
でも、肝心の本編が超下手クソだった事実は糊塗できない。
うぅん、こうゆう手法的にずっこいやり方の映画って、最近だと『関心領域』とかは手離しで傑作とは呼べないと評してスコアは 3.3 にした。
ちょっと前だとクリント・イーストウッド翁の『15時17分、パリ行き』(2017年)とかは好きだったんで、スコアは 4.5 にしたが、世評はあまり良くないようで‥‥
で、本作は、エンドクレジットの「驚き」がなかったら、1.5 だったはずのスコアを上げるとしても、「普通に面白い」「観ても損しない」に該当する 3.0 以上は無理だから、ギリギリ 2.9 かなぁ、
とか迷ってたんですが、結論として、2.6 にします。
半分より、ちょっとだけ+にして、「観て考えるべき問題作」として提起したいと思います。
というのは、たんにダメなコメディに「実は‥」の驚きが大きかったから多少上げたとしても、それでも「その驚き」自体に大きな問題点があることに気が付いたからです。
一つ目は、俳優が役作りのために太ったり痩せたりするってのは、洋の東西を問わず、行われていることであって、「デ・ニーロ・アプローチ」(*1 )とか言われているようです。
*1(以下、*の参考サイトは検索してください)
これぞ俳優魂!体重増減が半端ないって!身体を張ったハリウッドスターたち
コラム 上原礼子 2018.9.19 Wed 18:00
しかし、一般には、短期間で激しい体重の増減を繰り返すことは、健康にとってダメージを与えてしまうとされていることも広く知られている通りです(*2 )。
*2 「ヨーヨーダイエット」を防ぐために 短期間の体重の変動は
2017年04月26日
たとえ、本作におけるジャー・リンの減量が専門家の指導のもとに行われた適正なものであったとしても、本作に影響されて安易に短期間での過大な減量にチャレンジする追随者が出て健康被害を引き起こさないか、という懸念です。
これが問題点の一つ目。
二つ目は、「痩せることは良いことか」、言い換えると「太っていてはいけないという概念を本作は助長してはいないか」という問題です。
要は、近年「ファットフォビア」の問題(*3 )として提起され始めている論点、あるいはルッキズムの各論としての「デブだからと言って差別することが許されるのか」という懸念に対して、本作は充分に予防線を張れているのか、説明責任が求められたときに理論武装ができているのか、という問題点です。
*3-1 ファットフォビアを知ってる?「太ってる」からって何が悪いの?
文・写真:Ruru Ruriko 2020/10/11
*3-2 太ることは恐怖すべきこと?「ファットフォビア」を打ち砕くために必要なこと
キノウ コヨミ 2024年4月9日
実は、日本は東京オリンピックを迎える前に、開会式の演出として、オリン「ピック」に掛けて、渡辺直美さんにブタの格好をしてもらう演出案があったことが問題になり、演出家の降板に至る大きな社会問題になったことがあります(*4 )。
*4-1 ルッキズムの残酷さ知ってほしい 五輪式典統括の辞任騒動で容姿侮辱の経験者から声
2021年3月22日 06時00分
*4-2 【元文春エース記者 竜太郎が見た!】渡辺直美がバッサリ! 五輪組織委の本質的な問題を浮かび上がらせた「オリンピッグ」騒動
2021/3/23 11:00
幸か不幸か、この問題の一方の当事者となった形の渡辺直美さんは、この問題に対する意識が高い、いわばアクティビスト的な発信も行なっているタレントでした。自分の体型のことも「ボディ・ポジティブ」(*5 )の立場で評価して欲しいと日ごろから言っていたのです。
*5 ボディ・ポジティブとは?ボディ・ニュートラルとどう違う?どんな身体もポジティブに捉える概念の利点や課題を解説
2024.07.16
さて、本作の評価の問題に戻りましょう。
要は、本作が「主人公を演じた/監督でもある/ジャー・リンが100kgの巨体から56kgのスリムなボクサー体型に痩せたから偉い」という言説を一方的に流布し、そのことによって生じる反作用、端的に言って「太った人」に対する非難や差別を助長することはないか、大いに懸念されるのです。
幸いなことに、日本では3年前の東京オリンピック開会式問題で、渡辺直美という大衆的なアクティビストを浮上させることで、この問題に接近することができました。
果たして、本作に接した中国社会では、それと同様の「成熟した対応」が取られているのか、いないのか。
そのあたり、俳優/コメディエンヌ/映画監督としてのジャー・リン氏の今後の活動も含めて注視して行かねばならないと思います。