占領都市 : 映画評論・批評
2024年12月24日更新
2024年12月27日よりヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
マックイーン監督が第2の故郷アムステルダムに今も残る戦争の爪痕を掘り起こした4時間
「それでも夜は明ける」でオスカー史上初、黒人監督による作品賞を受賞したスティーブ・マックイーンが手がけた初のドキュメンタリー作品。ナチ占領下にあった往時のアムステルダムの再現を新たな表現で試みる。
例えば冒頭「ロイスダール通り71番地、ここはヤコブ・ケーシングの出版社だった」という語りと共に古い民家が映し出され、ここで何が起こったかが淡々と解説される。住所、その場所の今の映像、事実だけの短い補足。基本的にはこの繰り返しで、証言やアーカイブの映像などは挟み込まれない。過去のイベントと、現在の平和な風景をギャップとして浮かび上がらせる構成で、このスタイルのまま市内130ヶ所を取り上げている。
原作は同地の出身で監督の妻でもある作家ビアンカ・スティグターの「占領都市の地図帳」。映画同様、町名と出来事がアルファベット順に並んでいるが、項目は2000ヶ所にも及ぶ。そして監督は、登場する全ての場所を実際に撮影しており、その完全版はなんと36時間にもなる。いわば本作は抜粋に過ぎないのである。「これ以上短くすることはテーマに対して失礼だ。4時間版に編集しながら、ここで何が起こったかを自分の中に落とし込んだ」とコメントしている。
1999年にターナー賞を受賞し、現代芸術家としても知られるマックイーンにとって、これは壮大なインスタレーションと言うべきか。Googleマップにピンを落としてストリートビューを見る行為を、リアルに、そして時間を巻き戻して作り上げたアートのようでもある。だが、それを映画たらしめているのは35mmフィルム、スタンダードサイズの古いフォーマット、そして映画館上映を前提とした15分の幕間休憩の存在だ。
さらに特筆すべきは、アムステルダムで活躍するアーティスト・女優メラニー・ハイアムズのナレーション。感情を排しつつも温かみのある声は、失意の中で亡くなり今も存在を感じる「ゴーストを見つめ直す」(監督談)作業にふさわしい優しさに満ちている。また、時には緊張感を強いるようなオリバー・コーツの音楽も特徴的で、逆回転やドローンを使用したような凝った映像とも重なり、欧州の伝統的な街並みを多面的に映し出す。
撮影が行われたのはロックダウンの真っ只中、その状況をナチス占領下になぞらえた政党のコメントが炎上したり、オランダ首相がユダヤ人保護を怠った過去を初めて謝罪、またナチスが引き起こした1944年オランダの「飢饉の冬」の影響が今の住民のDNAから発見されるなど、これら報道からも戦争は未だに続いているようだ。この映画は、こんな爪痕を単なる記憶にしてはいけないと語りかけている。
(本田敬)