劇場公開日 2025年6月6日

国宝 : 映画評論・批評

2025年6月3日更新

2025年6月6日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

伝統に生きる者たちの栄光と挫折、そして再生

その仰々しいタイトルと、3時間に迫る長大なランニングタイムに後ずさりしそうになるが、同時に感じられる傑作特有の匂いが足を食い止める。そして劇場の椅子へと誘導されるや、多くの者がその高いクオリティを眼前にするだろう。ただ予測と違うのは、それが傑作という程度のものではないことだ。

女形として歌舞伎界の頂点に立とうとする、ヤクザの遺児と名門の息子―。本作は高度成長期を起点に、この対照的な二人の栄光と挫折、そして再生のドラマを波打つように展開させ、超俗的な伝統芸能の、表と裏の舞台を垣間見せていく。比肩する古典として、激動の中国近現代を舞台に、京劇スターの愛憎に満ちた半生を描いた「さらば、わが愛 覇王別姫」(1992)を挙げたくなるが、それは単に設定の近似からくるものではなく、比較対象がこの「国宝」のレベルを保証するからだ。

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ともあれ本作は、血筋と才能という呪縛に拘束されながらも、ライバルと切磋琢磨して技芸を極めていく者たちのサクセスストーリーであり、併せて歌舞伎の演目を入れ子にすることで、主要キャラクターの業や運命といったものを暗示していく構成が機能的だ。吉田修一による原作は歌舞伎を中心に広く日本芸能史を横断し、エンタテインメント小説としての表情を豊かなものにしているが、奥寺佐渡子の脚本は歌舞伎に絞ることで、テーマをより鋭敏で明確なものにしている。

また歌舞伎そのものが持つ様式美や表現が映画全体のアート性を高め、日本の伝統ジャンルに通じていない者を惹きつけていく誘導力がすさまじい。吉沢亮横浜流星のダブルキャストも、従来の演技に加えて歌舞伎の所作までもが求められ、それをクリアすることで、普通では到達できない領域へ向かう者の精神性が見事に体現されている。

なにより、それら要素を総譜としてまとめ、壮々と奏でた李相日監督の手腕を最大限に評価したい。かつて彼は「オッペンハイマー」(2023)の劇場用パンフレットに寄せた作品考の中で 「理性の崩壊を理性的に描く」としてクリストファー・ノーランのアプローチを称揚したが、本作で監督は同様のステップを踏んでいる。主人公らが想像以上に行き詰まりを繰り広げる世界だが、それを捉える監督の感情任せでない視線が、迷いながらも芸道に打ち込む彼らの、ひたむきな姿勢をダイレクトに共有させてくれる。

尾﨑一男

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