「信じる」正体 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
信じる
横浜流星の快進撃が止まらない。
当初はイケメン俳優の一人ぐらいにしか認知してなかったが、『流浪の月』が大きな転換期と飛躍になった。以後、良作続く。このキャリアは松坂桃李を彷彿。来年の『国宝』も楽しみだ。
藤井道人監督も好調続く。ヒューマンドラマ、ラブストーリー、社会派、サスペンス/アクション、アニメまでジャンルは多岐に渡る。
そんな二人が映画/TVドラマを含め7度目のタッグ。『ヴィレッジ』も記憶に新しいが、決定打になったかもしれない。
一家惨殺事件の容疑者として逮捕された青年・鏑木慶一。当初から無実を訴えるが、裁判で死刑が確定。
収監されている刑務所で自殺を図り、病院へ搬送中、逃亡。全国指名手配に。
鏑木は姿や印象を変え、整形もし、各地を逃げ続け…。
実際の事件を思い起こさせる。福田和子や市橋達也が起こした事件。本作は後者だ。
一見その映画化に思うが、そうではない。あくまでベースであり、フィクション。
立ち上がりはそうであっても、これまた某冤罪事件を連想させるような司法や警察捜査の問題を問う展開になっていく…。
実は見る前から、ちょっと違和感を感じていた。
殺人事件を起こし、逃亡した死刑囚。逃亡先で出会った人々との交流…。
人を殺した死刑囚を擁護するような話なんてあり得るだろうか…?
本当に人を殺したのなら、裁かれなければならない。決して許されない。
が、もし、これが違っていたら…?
話は変わってくる。
実際、鏑木自身も訴え続けている。僕はやってない!
鏑木を逮捕し、逃亡後追う刑事・又貫も犯人は鏑木であるとしているが、引っ掛かる点も…。それに纏わる警察上層部の闇…。
では、何故逃げた…?
そして鏑木という青年はどういう人間なのか…?
前半は彼と関わった人々とのエピソードから明かされていく…。
大阪。列悪重労働&パワハラの工事現場。
ここでは“ベンゾー”と呼ばれ、髪ボサ髭モジャ分厚い眼鏡姿。
ある時一人の作業員・野々村(通称“ジャンプ”)が作業中に怪我を。会社はお前が勝手に怪我をしたと取り合ってくれない。そこを鏑木が法の知識で助け、会社から微々たる金を。その金で二人でプチ飲み会。
初めて飲む酒、初めて親しくなった人…。
野々村も鏑木を気に入るが…、連日の報道や特徴点(ほくろ、背中の火傷跡、左利き)や似ている風貌から疑惑を抱く…。
こっそり通報するが、そこを見られてしまい…。
鏑木は逃亡する。
東京。ネットニュース会社。
ここでは“那須”と名乗り、茶髪姿。フリーのライターとして仕事を貰っている。
社員の沙耶香は鏑木の文章力を高く評価している。
ある雨の夜、沙耶香はネットカフェの前で立ち往生している鏑木を見かけ、飲みに誘う。
人生初焼き鳥…? こんなに美味しいもの初めて食べたと感激する鏑木。
仕事ぶりとピュアな姿に母性心をくすぐられたのか、暫く自宅マンションに住まわせる。そのお礼に鏑木は料理を作ったりと、何だかまるで…。
根無し草イケメンとキャリアウーマンの同棲なんて何処ぞの映画かTVドラマで見た気がするが、お互い何かしらの感情を抱いたのは間違いない。
初めての恋…? 沙耶香から信じてるとも…。
しかしメディア世界で働いている勘からか、彼が鏑木である事を勘づいてしまう。
知らぬ素振りを続けていたが、そこを悪質パパラッチに知られ、又貫にも突き止められ…。
又貫が踏み込む。必死に抵抗する鏑木に、沙耶香は、
逃げて!
下手したら逃亡犯を手助けしたとして沙耶香も罪に問われたかもしれない。
なのに、何故沙耶香は鏑木を助けた…?
抱いた仄かな感情より、彼女が背負っているものが鏑木と通じているからであろう。
弁護士である沙耶香の父。痴漢で訴えられている。
冤罪。が、圧倒的不利で…。
法の世界で働いてきた父が法に裁かれようとしている皮肉。
父は諦めモード。誰も父を信じていない。味方もいない。
唯一の味方は沙耶香だけ。父を信じている。
鏑木と過ごした中で、沙耶香も感じたのではないか。
彼は、本当にあんな凄惨な事件を起こしたのか…?
確たる証拠はない。が、彼の人となりに触れた直感。彼は、冤罪ではないのか…?
マンションから飛び降り、河にダイブし、追っ手を振り切る。
鏑木は逃亡する。
長野。介護施設。
ここでは“桜井”と名乗り、髪を切り、根暗な雰囲気を払拭した爽やかイケメン。素の流星クンに最も近い…?
いつもながら仕事ぶりは有能。同僚や患者からも慕われている。
若い職員・舞に至っては、憧れの先輩にホの字。
ここでも潜伏と日々の糧稼ぎ…に非ず。
鏑木がここで働くのは、ある目的があって…。
先々で出会った人々が鏑木に抱いた印象。
いい奴。好意を抱く。好意を抱かれ…。
それぞれ微妙に異なるが、一貫しているのは鏑木に対して悪い印象は無い。
凄惨な事件を起こした殺人犯とは思えない。
世間で認知されている事、表面だけしか見てないもの。それがその人そのものなのか…?
それとは違う中身や本質があり、それこそその人なのではないか…?
“人”の素顔、正体。
“人”について考えさせられる。
捜査にも進展が。
模倣と思われる事件が起きる。
同じく一家惨殺。手口も。
逮捕された男、足利。余罪もほのめかす。
鏑木の事件の事ではないのか…?
この男が真犯人ではないのか…?
又貫は捜査を見直す。
当初抱いた疑念が再び。
鏑木は本当に犯人なのか…?
真犯人は別にいるのではないか…?
逮捕された男こそ真犯人ではないのか…?
が、上層部は鏑木犯人を押し通す。
又貫は不服を抱きつつも、それに従うしかなく…。
見る我々も本当に鏑木が犯人なのか、曖昧。
状況から鏑木が犯人のように思える。
が、決定的なそのシーンを見ていない。
これが冤罪を生むのではないか…?
警察のずさんな捜査、誤認逮捕、世間の決め付け…。
袴田巌さんの事件のようだ。
先述の某冤罪事件とは、この事。間違いなくその含みはあるだろう。
罪を犯した者は許されないが、警察の事実の揉み消しや隠蔽も同罪。事によっては以上。
後半からはその問題に問い掛け、展開していく…。
3人との出会い、3つのエピソード。
似通っているように思えて、それぞれ違う。
野々村とのエピソードは初めて人と親しくなり、沙耶香とのエピソードは初めて人に好意を抱く。
舞とのエピソードは自身の事件に大きく影響する、ハイライトでもある。
長野の介護施設で有能に働く鏑木。
舞は鏑木と共に重症患者の介護に就く。
その患者というのが…、
事件時、現場に居合わせた被害者遺族で目撃者・由子。
この展開には驚いた。
本当に犯人だったら、口封じ。
彼の場合は違う。唯一の目撃者から真実を証言して貰う為に。
『逃亡者』など自力で真犯人を探そうとするのは定番だが、これは大胆。が、最善かもしれない。大変なリスクは伴うが。
回想エピソード。鏑木は事件のあった家の近くにたまたま居て、悲鳴を聞きつけ、家の中に。そこで見たものは…
血だまりの中に惨殺死体。犯人の男。あの足利だ。
それをはっきり見た。硬直する鏑木を尻目に、足利は現場から消える。
まだ被害者に息が。背中に刺さった釜を抜いて欲しいと被害者は目で訴える。
鏑木が釜を抜いた時…
不運なタイミングというのがある。釜を抜いた所を由子に見られ…。
その時警察もやって来て…。
“現行犯”として逮捕。
由子も真犯人を見ている。
それを証言してくれれば…。
が、事件のショックから由子の記憶は曖昧。
由子の証言で鏑木の有罪/無罪は決まる。
リスクを犯しても、鏑木は由子に会う必要があった。
各地を転々としていたのも、又貫や沙耶香に語った“やるべき事”もこれ。
真実をーーー。
舞がSNSに上げた動画から、桜井=鏑木疑惑が世間に。
あっという間に居場所を突き止められる。又貫も現場へ。
沙耶香も現場へ赴き、野々村でTVの生中継で見守る。
鏑木は施設に立て籠ってまで。
由子が本当の事を証言するその瞬間を、生配信で。
それを請け負う事になった舞。巻き込まれであり、舞もまた証人。
必死の鏑木。
由子の記憶も徐々に…。
その時、上層部の命令で警察が強行突入する。
鏑木に向けられた又貫の銃口。
これまでにも撃てる機会はあったが、又貫は撃てなかった。
やはり彼自身、鏑木が犯人ではないと感じていたからだろうか…?
しかし、今回は…。
又貫の銃口が火を吹き、鏑木を…。
ご都合主義や難点もある。
東京での逃亡劇。都会のあんな河にダイブしたら袋の鼠じゃ…?
作品の印象的にはどうしても市橋達也の事件。それと冤罪を絡ませるのか…?
逃亡サスペンスと冤罪テーマ、どちらを主軸に置きたいのか。
ちらほらそんな声も出てきそうだが、そんな両方を巧みに併せた見事なサスペンス×社会派×ヒューマンのエンターテイメント。
藤井監督にまたまた力作誕生。
そしてキャストたちのアンサンブル。
エピソード毎に印象変わる横浜流星の巧演/熱演。彼にも堂々たる主演作誕生。
鏑木にシンパシーを抱く吉岡里帆は大きな役所。彼女も良作続く。
森本慎太郎はアイドルオーラを消し去り、山田杏奈も今年は『ゴールデンカムイ』と本作でまた一段と飛躍。
陰ある役や追われる者も合う山田孝之が、追う側を抑えた演技で好助演。
これからの賞レース、作品も監督もキャストも台風の目になるだろう。
世間を騒がせた鏑木の事件から暫くして…。
会社を辞めた沙耶香は鏑木の冤罪や再審に奔走していた。
賛同者も。沙耶香の父、会社の元同僚、野々村や舞も。
私たちは知っている。鏑木慶一がどういう人間だったかという事を。
鏑木は生きていた。あの時被弾したが急所を外れ、今はまた収監の身。
が、今度は絶望の底ではない。
沙耶香たちの尽力が実を結ぶ。
由子の証言、真犯人とされる足利への疑い。
警察上層部は冤罪を認めようとしないが、会見で又貫が冤罪を認める。
再審。判決の時。
結果は…
これが『それでもボクはやってない』のような真に司法の在り方を問う作品だったら、望まぬ結果になっていただろう。
が、本作はエンターテイメントでもある。
出来すぎかもしれないが、この判決に安堵した。ホッとした。
これはただのフィクションの理想事か…?
いや、そうではない。袴田巌さんも半世紀の時を経て無実を掴んだ。
真実は決して埋もれない。葬られない。
必ず明らかになる。そう信じたい。
鏑木が信じたのは、もう一つ。
又貫の「何故逃げた?」への答え。
それがあったからここまで来れた。
人に運命を狂わされた鏑木だが、それによって救われたのである。
人との出会い。縁。善意。
人の“正体”を信じて。
私たちは生きていきたい。