「ふたりの愛と打算が問われるだけのサスペンスなのだろうか」入国審査 えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)
ふたりの愛と打算が問われるだけのサスペンスなのだろうか
NYの空港で入国審査を待つ幸せなカップル。移住のビザも取得し、新天地で暮らす準備は万全だったはずが、説明もなく別室に連行され、密室での不可解な尋問が始まる。なぜ二人は止められたのか?審査官は何かを知っているのか?予想外の質問が次々と浴びせられる中、やがてある疑念が二人の間に沸き起こり──(公式サイトより)。
総製作費65万ドル(ブラッド・ピッドの「F1」は3億ドル)、上映時間77分、ほとんどのシーンが尋問室での場面と、それだけ聞けば自主製作映画のようだが、内容は多義的な世界の位相を観客に提供してくれる秀作である。
個人が持つ愛と打算の峻別を他人が行い、しかもその基準に「出生国」が持ち出されたら?フラメンコに代表される情熱的なスペインの女性の愛は真実で、政情が不安定で一刻でも早く逃げ出したいベネズエラの男性の愛は打算という安直な仮説が、男性の過去の遍歴から、少なくとも外形的に立証されていく。女は、徐々に明らかになる、男の外形的な立証要素を信じるか、それでも3年間連れ添ってきた事実婚の男を信じるか。
現実世界において、トランプ政権は、これまでの決定を突如撤回し、ベネズエラをはじめとする政情不安の国民のアメリカ入国を厳しく制限し、現時点ですでにアメリカに居住しているベネズエラ人の在留資格延長も認めない決定を下した。こうした巨大な決定が、本作に登場するような小さな男女に及ぼしている影響について顧慮されることはない。
本作は、シンプルにふたりの愛と打算が問われるサスペンスなのか、あるいは、世界に蔓延しつつある右傾化、排斥主義化、衆愚政治化という巨大な流れの煽りを喰らい、性交渉の頻度を答えさせられたり,職業であるコンテンポラリーダンスをここで踊れと愚弄されたり、都市計画のどこがプロフェッショナルスキルだと暗に馬鹿にされたり、無数に起きているであろう市井の犠牲の物語なのか。「疑わしきは罰せず」に則った自由の国アメリカの導いた結末に、喉元から酸っぱいなにかが込み上げる。
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