「期待を爽快に裏切る佳作」入国審査 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
期待を爽快に裏切る佳作
スペインからアメリカへの移住を試みたカップルが、アメリカの空港で入国審査に引っかかり、思わぬ窮地に追い込まれる様子を描いた77分の佳作。コンパクトながらも密度の濃いストーリーで、観る者の予想を良い意味で裏切ってくれる一作でした。
登場するのは、スペイン人女性のエレナと、スペインに在住するベネズエラ人男性のディエゴ。特に、スペイン在住ながらも中南米出身というディエゴの背景が、ストーリー上の重要なポイントとなりました。
舞台は第1次トランプ政権下。現在の第2次政権と比べればまだマシだったようにも思えますが、当時もメキシコ国境の壁建設やイスラム教徒排斥など、排外的な政策が世界を唖然とさせていました。そのため、予告編やチラシの雰囲気から、トランプ政権の理不尽さを告発し、人権の大切さを訴える社会派作品なのかと期待させる作品でした。
実際、エレナとディエゴが別室に呼び出され、尋問を受けるシーンは、まるで自分の身にも起こり得るかのような恐怖を感じさせます。しかし物語が進むにつれ、この作品の本質はトランプ批判ではなく、「秘密を抱えた男の心理と、その綻び」を描いたコメディであることが見えてきます。この意外性こそが、本作最大の魅力でした。
特に見事だったのは、恐怖を煽る伏線の張り方。空港に向かうタクシーの中で「パスポートがない」と慌てるディエゴ(実際は持っていた)を皮切りに、機内の化粧室で怪しげな液体を飲んだり、入国審査の列で税関申告書を失くしたことに気付き、順番待ちをしていた男性にペンを借りて記入したりと、どこか引っかかる行動を重ねていくディエゴ。その一つひとつが観客をイラつかせつつ、何か恐ろしい事態の前触れではないかと不安を掻き立てます。
「この2人は本当に移住できるのか」、「ディエゴは何か犯罪に関与しているのでは」、逆に「犯罪に巻き込まれるのではないか」と、観客の想像が広がる中、尋問時に登場する警察犬や、「他人から預かったものはないか」という質問を受ける2人。ところがそれらはすべて肩透かしに終わります。
そして物語は予想外の方向へ。なんと、入管側の調査の結果、ディエゴがエレナのほかにも別の女性と付き合っており、しかも婚約までしていたことが判明。次々と嘘を重ねて取り繕おうとするディエゴの姿は滑稽で、人間の浅はかさや哀れさが笑いに昇華されていきます。傷ついたエレナが、自分はビザ取得のために利用されたのではないかと動揺する様子も切実で、共感を誘いました。ディエゴの真意がどこにあったのかは最後まで明かされないものの、その「頭隠して尻隠さず」な行動こそが、本作のコメディとしての核心だったように思います。
さらに、本筋以外でもユーモアが散りばめられており、特に空港事務所での設備工事という“舞台装置”が秀逸。尋問の最中に響いてくる工事音が次第に大きくなり、最終的に停電にまで至る展開には、思わず吹き出してしまいました。
そして迎えるエンディング。エレナは無事に入国許可され、ディエゴは強制送還かと思いきや、まさかの2人同時入国許可。この期に及んで「2人揃ってアメリカに入れるって、一番気まずいやつじゃん…」と心の中でツッコミながら、劇場を後にしました。
そんな訳で、サスペンスと思いきや、コメディだったという見事な仕掛けに敬意を表し、本作の評価は★4.2とします。
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