劇場公開日 2024年6月7日

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「 最初は少々身勝手な男性の旅立ちにも思えるお話ですが、実は妻とのパートナーシップが肝になっているのも素敵なところです。」ハロルド・フライのまさかの旅立ち 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 最初は少々身勝手な男性の旅立ちにも思えるお話ですが、実は妻とのパートナーシップが肝になっているのも素敵なところです。

2024年7月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 イギリスの作家レイチェル・ジョイスによる累計発行部数600万部を誇るベストセラー小説「ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅」。日本でも2014年の本屋大賞翻訳小説部門第2位に輝いた傑作です。それを、イギリスを代表する「アイリス」のオスカー俳優ジム・ブロードベント主演で映画化したのが本作です。原作者ジョイスが自ら脚本を担当。本国イギリスで新作映画初登場No.1の大ヒットを記録した必見の一本です。
 イギリスの南西から最北端まで、800キロに及ぶ息を吞むような美しい風景が贅沢にスクリーンに広がる、新たな感動の物語です。

●ストーリー
 英国南西部の郊外で、長年勤めた工場を定年退職。穏やかな老後生活ながらも妻と冷え切った日々を過ごしているハロルド(ジム・ブロードベント)のもとに、ある日、北の果てから思いがけない手紙が届きます。
 差出人は、かつてビール工場で一緒に働いていた元同僚の女性クイーニー(リンダ・バセット)ホスピスに入院中の彼女の命はもうすぐ尽きるというのです。
 クイーニーが余命わずかだと知ったハロルドは、「お大事に」と書いた返事の手紙を手に家を出たのですが、途中で心変わりするのです。彼にはクイーニーにどうしても会って伝えたい“ある想い”がありました。
 彼女がいるホスピスに電話し、職員に「今から歩いて会いに行くから、それまで生きていてくれ」と伝言を依頼。妻の反対を振り切って普段着、革靴のまま彼女が収容された北部のホスピスをめざして歩き出しはじめます。
 歩き続けることに、クイーニーの命を救う願いをかけるハロルド。目的地までは800キロ。彼の無謀な試みはやがて大きな話題となり、イギリス中に応援される縦断の旅となっていきます。

●解説
 ハロルドの過去に何があったか――それは少しずつ観客に開示され、次第にこれが贖罪の旅であることが判ってきます。彼はなるだけ手ぶらで、長距離の歩行には不向きなデッキシューズを履いたまま、自ら苦行を受け入れるように足を痛めながら歩き続けるのです。原題には“巡礼”という言葉が入っています。確かにこの旅は宗教的な儀礼のイメージを帯びたものです。
 なぜハロルドは無謀な旅に挑むのか。それを解き明かすキーワードは「信じる心」で、清らかな「光」のイメージが随所にちりばめられていますが、宗教的な映画ではありません。
 ハロルドが裸足で歩く聖者のようにカリスマ視されるくだりは「フォレスト・ガンプ/一期一会」に似たパートがありますが、彼はあくまで個的な回復に向けて歩みを進めていただけなのです。
 ハロルドが道中で出会う名もなき人々との交流、彼の痛ましい過去、冷えきった妻との関係、息子との断絶など多彩なエピソードを通して、人生の喪失や悔恨、そして再生の物語が展開していきます。それらの多くは観客の想像の範囲内に着地するかもしれませんが、俳優陣の哀感にじむ演技、美しい丘陵や田園風景をカメラに収めた映像に魅了される一作です。デボン州の「美しく、狭い田舎道」や工業地帯、スコットランド近くの「沼っぽく、野性的な場所」など、英国の様々な原風景を堪能できることでしょう。

●感想
 ロードムービーの魅力を醸造する要素が詰まっている作品だと思います。旅が進むにつれ、徐々にハロルドの人生の悔恨悲しみが次第にあらわになってきて、無謀な旅に出た理由が立ち上がってくる仕掛けです。信じる心を持ち続ける大切さも伝わってきて、冷え切った関係にあった妻とのラストシーンは涙を誘われました。
 ハロルドの毎日はルーティン化していたのです。それゆえに冷え切った夫婦でもやってこられたんでしょう。しかしそんなルーティンの積み重ねで、彼の心は閉ざされてしまったのです。それが、歩いているうちにだんだん解放されていきます。自分で築いた壁が壊れていくことに、彼自身が驚いているんだと思いました。
 ビム・ベンダース監督はあるインタビューでロードムービーを「道は人生の暗喩」と位置づけていましたが、本作もハロルドの人生の悲しみや後悔、愛が行路とともに表出してくるのです。そして「暗喩」より、もう少し素直に心に染みこむゴールが用意されていました。
 最初は少々身勝手な男性の旅立ちにも思えるお話ですが、実は妻とのパートナーシップが肝になっているのも素敵なところです。
 監督や撮影、原作者など、女性メインのチームによる、優しさにあふれた作品であることにも注目してください。

流山の小地蔵