「「日常」というサスペンス」愛に乱暴 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
「日常」というサスペンス
描かれていた大半は「主婦の日常」だ。それがここまでサスペンスになるのかという事に驚かされる。何か大きな事件が起きるわけでもなく人が死ぬわけでもない。なのに怖い。
冒頭で「ぴーちゃん」の姿が見えないと捜し回る桃子。ぴーちゃんとはおそらく猫だと思われるが、そもそも猫に「ぴーちゃん」って名前を付けるかね?などと考えていると、何となく嫌な予感がして心がざわつき始める。一方で猫を毛嫌いする義母とまるで無関心な夫。それでもしつこく捜し続ける桃子の姿を観ているだけで少しずつ怖さが増してくるのは実に不思議だ。
桃子はあれこれ夫の世話を焼く。何かと義母を気遣い、頻繁に差し入れをする。以前の勤務先の上司に会いに行く時も、わざわざ上司の好きなものを用意して手渡す気遣いを見せる。でも誰ひとり彼女に「お返し」しようとしない。誰も彼女に気遣いせず、相手にしようともしない。それでも彼女は献身を続ける。でも誰ひとり彼女に関心すら持とうとしないのだ。
そんな彼女が後半では庭のスイカを荒っぽく引っこ抜いて、まるで「赤ん坊」のように抱きかかえて愛人宅へ突撃し、スイカを無造作に放り渡す。愛人にお金などかけてたまるか、と言わんばかりに。そして彼女の暴走が始まる。
彼女は頭が良く、とても気が利く女性だ。それはつまり人の気持ちを察するのが得意という事であり、ゆえに人の「無関心」という悪意も敏感に感じ取ってしまう。だからこそ自分が誰からも関心を持たれていない事、誰からも必要とされていない事に嫌でも気付いてしまうのだ。彼女自身も不倫からの妊娠、略奪婚という負い目もあって慎ましく生きてるし、少しでも誰かのためにと献身的に働き、自身の生活も充実させようと頑張ってみる。誰も見てないゴミ捨て場を誰に言われる事もなく毎回掃除する様子に彼女の姿勢が見て取れる。
そんな彼女を夫はまさに「ゴミ」のように捨て去る。確かに「因果応報」ではある。でも彼女なりに精一杯誠実に生きてきたはずだ。なのに報われる事は決してないのだ。そして彼女の日常は崩れ去り、彼女自身も壊れていく。子供を失い、夫という唯一無二の拠り所を失い、極めつけに彼女が綺麗にしていたゴミ捨て場すらも誰かに火を放たれてしまう。
何より強烈だったのは愛人のSNSをチェックしていた事だ。愛人の「つぶやき」を見ながら状況を確認し、夫が次に何を仕掛けてくるのか予想して対処する桃子。愛人のSNSを常にチェックするようになったらもうやばいだろ、と思っていたら…。
そのSNSは桃子自身の「過去のつぶやき」だったという衝撃。
これは怖い。あまりに怖すぎる。
終盤はそこら辺のホラーよりよっぽど怖かったかも。
チェーンソーをうっとり眺める桃子。
しかもそのチェーンソーを「正しく使ってる」のに怖い。
床下ってあんなに怖いの?
掘って出てきたものはまさかの「ベビー服」。
床下で添い寝をする桃子の孤独と絶望。
あれだけ小綺麗にしていた桃子が「泥」にまみれている。
庭にぶちまけられた魚はある意味どんな「死体」よりも怖かった。
人は誰だって愛されたいし必要とされたい。
そして居場所が欲しいのだ。でなきゃ生きて行くのは苦しい。
彼女は誰からも何も与えてもらえなかった。
でも最後に彼女は一番身近でない人間の「言葉」に救われた。
それを機に「依存しない生き方」を決意する桃子。
最後はどこかすっきりした表情でアイスを食べてる。
がんがん解体される「離れ」。
エンドロールで響く「靴音」が彼女の決意を物語る。
清々しい終わり方だった。
良かったと思う。
江口のりこさんだからこそ成立した物語なのではないだろうか。
小泉孝太郎さんの不気味さもたまらなかった。
luna33さん、共感フォローありがとうございました。遅くなってすみません。luna33さんの観察力は凄いと思いました。桃子がスイカを抱えている姿、私も妊婦みたいに見えました。でも決して妊婦ではない。それが、愛人の前にスイカをドーンと置いて、「あなた本当に妊娠してるの⁈」と詰問するのにつながっていて、愛人の妊娠が嘘であって欲しいという心情を表しているように感じました。でも何で買ったスイカじゃなくて庭のスイカ?と思ったら、愛人へも手土産を渡すけど、お金はかけてやるもんか、という気持ちだったんですね。本作、私は理解できてない部分もあるんですが、細かい所まで考え抜かれているなと思います。