「【”有難うって言ってくれて、有難う。”今作は一見、平凡な日常を過ごす主婦が周囲の出来事に心を惑わされ冷静さを失って行く様を描いたヒューマンサスペンスである。江口のり子さんの姿は、怖くて哀しいです。】」愛に乱暴 NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”有難うって言ってくれて、有難う。”今作は一見、平凡な日常を過ごす主婦が周囲の出来事に心を惑わされ冷静さを失って行く様を描いたヒューマンサスペンスである。江口のり子さんの姿は、怖くて哀しいです。】
ー 今作でモモコを演じた江口のり子さんはとっても怖くて哀しい役を屹立した存在感で演じているが、愚かしき夫マモルを演じたのが小泉孝太郎さんだとは、途中まで全く気付かず。爽やかな雰囲気を一切封印している。マア、不倫夫を演じているのだから、そりゃあ、そーだ。
そして、今作では、マモルもマモルの母(吹雪ジュン)も、モモコのささやかな幸せを得るための様々な行為(料理、ゴミ出しetc.)に対して一度も【有難う】と言わないのである・・。
今作の胆は、モモコの幸いを求める行為に対し、それを当たり前と思い【有難う】と言わないマモルとマモルの母の姿であり、その姿を見て葛藤するモモコの言動なのである。私は、モモコは基本的に善人だと思うのである。ー
◆感想
・序盤から非常に不穏な雰囲気が漂う映画である。モモコは朝、同じ敷地内の本宅に住む義母の所に行きゴミ袋を貰い、ゴミ捨て場に持って行く。
モモコは、夫と”離れ”に住んでいるので、義母の存在は”軽いストレス”ではないかな、と思いながら鑑賞する。
そして、モモコが住む町ではゴミ置き場での不審火が多発する事も描かれる。
・モモコは矢鱈に匂いを嗅ぐ。隣で寝る夫マモルの匂いを嗅ぎ安心して眠ったり、”出張先”の香港から戻ったマモルのトランクを開け、ワイシャツの匂いを嗅ぐ。
そして、夫のために一生懸命”肉”料理を作り、カルチャーセンターで石鹸作り教室の講師として頑張る。
だが、義母からは自覚無き悪意がビミョーに含まれた言葉”マモルは魚が好きなのに、モモコさんは肉料理が多い。”とか”石鹸作り教室で、月どれ位になるの?10万くらい?”とか。
すると、モモコは心の平穏を保つが如く”ピーちゃん‼”と言いながら、愛猫(と言っても、一度も描かれない所がミソ)を探すのである。
・モモコは産婦人科に通っている。この意味も後半分かるのである。
■物語は、ドンドン不穏な空気になって行くのだが、序盤からモモコがスマホで見ている”妊活”のラインの言葉が怖い。そして、この意味が後半分かるのである。
更に、ヤッパリ告げられる夫からの不倫の告白。そして言われる”君といても、楽しくないんだよ・・。””彼女と会ってくれないか?”
ウワワワ。江口のり子さんの一重の眼が狼狽しながら、挙動不審になって行く姿がヒジョーに怖い。
・そして、モモコはホテルのロビーで夫の不倫相手のナオ(馬場ふみか)と会うが、離婚を激しく拒絶する。
更にモモコは、何故か自宅の庭で育ったスイカを抱えてナオのアパートに乗り込み、卓袱台の上に”ドン‼”と置いて、ナオに”妊娠何カ月なのか、職業、年齢は?”と問いただし、あろうことかナオが差し出した母子手帳を握り”良いな!逃げ場のある女は!”と吐き捨てるのである。で、アパートを出るがナオの部屋から大きな音がすると、急いで戻り戸を開けると割れたスイカが玄関に散乱しているのである。
・更にモモコは、義母から貰った冷凍してあった魚が庭に放り出されている中、一度は畳を上げたが戻していた畳を再び上げ、東南アジアから来た、たどたどしい日本語の職業実習生の青年がレジをするホームセンターで買って来たチェーンソーで床板を切り始めるのである、轟音を立てて。更にはナオの家から服を取りに来たの驚愕するマモルの前で、柱にチェーンソーで切り始めながら、”アンタもやるか?”と宣うのである。怖いよお。
・床下に潜ってモモコが土の中から取り出した金属の箱に入っていたモノ。それは、モモコが且つて、妻がいたマモルの子が着る筈だったベビー服であり、モモコはそのベビー服に顔を埋め匂いを嗅ぐのである。このシーンでそれまでのモモコの行為全てが氷解するのである。彼女も又、不倫の末にマモルと結婚した女であり、そのために義母に対し後ろめたい気持ちが有った事や、ささやかな幸福を求めようとしていた事が分かるのである。
<再後半、モモコはフラフラとゴミ袋を持って夜に道を歩いている。ゴミ置き場は炎に包まれている。警官に職務質問をされたモモコはゴミ袋を捨てて裸足で逃げ出す。
そして、転んだ時に居合わせたホームセンターの職業実習生の青年は、モモコに自分のサンダルを履かせてから”何時も、ごみ置き場をキレイにしてくれて有難うございます。”と言うのである。そして、その言葉を聞いたモモコは、我に返るのである。
【有難うって言ってくれて、有難う。】
ラスト、モモコは晴れやかな顔でアイスを食べながら、晴れ渡る夏の空の下解体される”離れ”を本宅の縁側で眺めているのである。
今作は、平凡な日常を過ごす主婦が周囲の出来事に心を惑わされ冷静さを失って行く様を描いたヒューマンサスペンスであり、且つ、人間として当たり前の親切な行為に対してはキチンと”有難う”と言う大切さを根本に置いて製作された作品なのである。>