「歩み」ルックバック U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
歩み
なんか、胸に詰まる。
漫画家の話だ。
漫画家になるまでと漫画家として生きていく話ではあるけれど、人生訓のようなものがいっぱい詰まってた。
「一意専心」なんて言葉が浮かぶ。
脇目も振らず邁進していく意味だと思うのだけれど、その行為に支払われる対価は「時間」だ。
小学生から物語は始まり、22歳くらいまでが描かれるのかな?彼女達は人生の大半を漫画に食い潰されるような描き方だった。
その消費されていく時間に、努力なんてものが引き合いに出されるのだけれど、積み重なる尋常じゃないスケッチブックの物量を第三者が「努力」と誤解するのかもしれないと思った。
京本は言う「他にやる事がなかった」
コレは努力から派生する言葉ではない。彼女にとっては別の目的でスケッチブックは積み重ねられていく。その歩みの先に「漫画家」があった時に美談として語られるエピソードにはあたるだろう。
偏に、持って生まれた才能の発露に過ぎないんじゃないかと思われる。
2人は何年も机の前で過ごす。
何時間も何日も、机に向かいペンを走らす。
コレも努力じゃないんだと思う。必要であり彼女達にとっては普通の事だ。
それを異常に感じる当事者以外の者たちが「努力」と後付けの説明をするのだろう。異常を異常と感じず日常にできる人種でないと住めない世界なのだ。
京本は通り魔に襲われて死ぬ。
袂を分けた2人がまた組んで漫画を描く未来に期待したのだけれど、そんな綺麗事は起こらなかった。
京アニの事件を彷彿とさせる内容…胸が掻きむしられる思いだ。嫉妬にしか捉えられない。劣等感を拭い去る為に他者を排除する…何一つ生産性のない解決策で、誰かを排除しても他の誰かが代頭する。どんなに困難に思えても自分を磨くのが1番の近道で、ゴールが全く見えなくてもやり続けるしか手がない。
そして、通り魔でなくとも人は死ぬ。
誰しもに平等に「死」は訪れるのだ。その先にあるのは「無」である。フジモトとの未来も、京本の絵の完成も、全ては実現できなくなる。
どんなに惜しまれても取り返しはつかない。
…儚い。
途中に挟まれるパラレルワールドには面食うのだけど、フジモトの願望なのかもしれないし、アンサーである4コマは偶然の一致なのかもしれない。
京本の死を乗り越えて彼女はまた机に向かう。
他に出来る事が無いからだし、やりたいと思う事もないのだろう。骨の髄まで「漫画家」であり、プロフェッショナルの正体でもあるのだろう。
アンサーの4コマで、フジモトの背中にはツルハシが刺さってて血みどろである。だが高笑いをして去っていく。ベタな落ちではあるけれど、アレもプロとしての生き様なんだと思う。裏で血反吐を吐こうが、ボロボロになってようが観客や読者には見せない事の揶揄に思えて仕方がない。
そんなメッセージを京本が込めたわけではなく、むしろフジモトが気づいたのだろうなとも思う。結果として京本はうずくまるフジモトの背中を押した。
ルックバックは様々な解釈ができていて優れたタイトルだと思う。
軌跡を「振り返る」事でもあるし、作中に差し込まれる「背中を見て」の訳は、京本が見てたフジモトの「背中」でもある。それは京本が大事に持ってたフジモトのサイン入りのチャンチャンコの背中でもあって、押された背中を振り返れば、その背中を押した人が必ずいて、独りではないんだとのメッセージも含まれるような気がしてる。
そして、フジモトは京本に背中を押されて、再度ペンを取る。
ファンがいる。
自分の作品を楽しみにしてくれている読者がいる。
きっとそんな事を、あのチャンチャンコから感じたのではあるまいかと思う。
原作は未読であるが短編らしい。
とても情緒豊かな語り部であったと思う。
多くは語らず…が、雄弁に問いかけてくる作品だった。