「喰い足りなさはあるものの、スリラーとしては〇」クワイエット・プレイス DAY 1 泣き虫オヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
喰い足りなさはあるものの、スリラーとしては〇
シリーズ3作目だが、過去2作はエミリー・ブラントとスリリングな展開を十分堪能出来て好きだった。今回はエミリー・ブラント抜きにちょっとガッカリしながらも観賞。
【物語】
シリーズ前2作の前日譚。1作目で音を立てるもの全てに襲いかかる謎の生命体が、ある家族を襲撃をした日から471日前。
サミラ(ルピタ・ニョンゴ)はニューヨークに暮らす詩人だったが、今は終末医療施設で余命僅かな日々を愛猫と共に過ごしていた。
ある日、施設職員にニューヨークの街に出て演劇を観ようと誘われる。「帰りにピザを食べるなら」という条件を付けてサミラは誘いに応じる。しかし、観劇後ピザ屋に向かおうとしているとき、街はパニックに。突然現れた謎の生命体が次々と人々を襲い始めたのだった。
サミラは突如として生きるか死ぬかのサバイバルを強いられるが、周囲の人とは違う方向に向かう。目的の場所に向かう間に偶然出会った青年エリックはこの事態に怯え切っていたが、どこか悟ったようなサミラに精神的救いを感じてサミラと行動を共にする。
サミラはそんな状況になっても「ピザを食べる」ことに拘り続けるが・・・
【感想】
1,2作を観ている人は知っているが、本シリーズは地球外生命体モノであり、SFのジャンルにもなり得るが、実は彼らが
「どこから来たのか?」
「どうやって来た?」
「何を目的に来たのか?」
というようなことは一切触れず、SF要素はキッパリ捨てている。「こんなやつが突然身の周りに現れたら怖いよね」というスリラー要素だけに徹している。この割り切りがこのシリーズ成功の最大の理由だと思う。 次に“音だけを感知する”という、あまり過去に無いユニークな設定がポイント。
本作でも、突然現れた生命体の説明は一切ない。シリーズを初めて観た人は戸惑うだろうな(笑)
“音だけを感知する”については、ニューヨークの人々の察知が早すぎだろ、と思った。普通に考えればパニックから少し落ち着いて冷静に彼らの行動を観察して、「そうか音だけ出さなければいいんだ」になるまでは優秀な分析者でも1~2週はかかると思うんだが?
それがニュースも見られない状況の中数時間で“誰でも知ってる”状態はあり得ないと思うのだが、これも分かっていて、「そこは省く」の割り切りなのか?
その甲斐あって(?)肝腎のスリラー要素は今回も十分。
田舎から大都会に舞台を変えて、都会ならでは環境(大衆、多数の車、ビル、地下鉄・・・)で存分にビビらせてもらいました(笑)
分っていても“ビクッ”となってしまう。
今回は主食のスリラーに加えて、余命わずかなサミラと、サミラにつき纏い、寄り添うエリックの切ないエピソードが副食のように付いて来る。それもルピタ・ニョンゴの控えめながらリアルな演技で良い。ただ、結末は大スリラー要素との取り合わせとしては、良いとは言えなかったかも。
普通この手の展開では結末で「命からがら逃げきった!」「良かった!」という安心感や達成感を味合わせてくれることが多い。本作はあえてありきたりを嫌ったのかも知れないけれど、スッキリしないというか、「ウーン」的な食い足りなさを感じてしまったのは正直なところ。
とは言え、最近は映画を観ながら「あとどれくらい終わるかな」と思うことが増えているのだけど、本作は「あ、もう終わりなんだ」と思ったので、スリラーとしての展開・演出が優れている証拠。
“ハラハラ”、“ドキドキ”を味わいたい方にはおススメできます。