「改題の功」かくしごと ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
改題の功
原作は『北國浩二』による小説〔嘘〕。
それを映画化にあたりタイトルを〔かくしごと〕に変更し、
これが本作の方向性を如実に示している。
主要な登場人物は皆
ある種の「かくしごと」を抱え、
それがストーリーが進むにつれ次第に明らかに。
もっとも、最大の「かくしごと」は
物語の初頭に察知できてしまうもの。
ただそれが分かっていても
(自分もそうだったのだが)、
最後のシーンの感動が損なわれることはない。
いや、より高まると言っても過言ではない。
伊那に独りで住む父親『孝蔵(奥田瑛二)』の認知症が進み、
童話作家の『千紗子(杏)』は一時的に東京から里帰り。
養護施設への入居が決まるまでのつもりだったのだが
地元の友人が運転する車に同乗していた時に
道路に倒れている少年を見つける。
急ぎ実家に運び込んだものの、
彼には事故による怪我は見当たらないのに、
虐待を疑う多くの傷跡が。
警察に届けることはせず、
過去の記憶を失くした少年を自分で育てる決意をするのはかなり無理筋も、
判断の背景には自身の悲しい過去が。
それが夫はおろか実の父親とも疎遠になる契機だったのは
おいおいと語られるところ。
少年が生活に加わることで、
進行していた父親の認知症も小康状態を保ったように見える。
三人での暮らしは、後ろめたさはあるものの、
問題なく過ぎていくようにも思えた。
しかしここで事件は起こる
(ただ、その事件も、きっかけとなる伏線も、
容易に予想が付いてしまうのだが)。
世の中には血の繋がりよりも重いモノがあるのは
有史以来繰り返されて来たテーゼ。
その背景となる愛情の種類は人により様々も、
深く心で結ばれた時に思いもよらぬ力を発揮することに
心を動かされ涙する。
優男で売った『奥田瑛二』が
こうした老人を演じるような歳になったことにも感慨を抱く。
進んだ症状の演技も迫真で、
自分の世代などは身につまされてしまうほど。
主治医で、父親とは旧友の『亀田(酒向芳)』が
認知症について話すくだりは、
直近で自分も体験したこともあり
妙に納得をしてしまう。
しかし、その後の『孝蔵』の独白や行動が
今まで口に出せず態度に表わせなかった娘に対する愛情の発露で、
やはり心を動かされてしまうのだ。