劇場公開日 2024年4月27日

「事後的に検証することの大切さ」正義の行方 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5事後的に検証することの大切さ

2024年5月11日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1992年に福岡県で発生した女児2名に対する殺人事件の容疑者として、事件発生から2年後に逮捕された久間三千年元死刑囚は、終始犯行を否認していたものの、DNA鑑定の結果や目撃証言などにより死刑判決が下り、最終的に2006年に最高裁で死刑が確定、その2年後に異例の速さで刑が執行されました。本作は、30年以上前に発生したこの「飯塚事件」と呼ばれる事件に再びスポットを当て、当時事件を担当した福岡県警の刑事や、事件報道をリードした地元紙・西日本新聞の記者、そして被告人の久間を弁護した弁護士らへの取材を通じて、事件の真相や日本の司法制度、特に死刑制度について考えさせる極めて濃密なドキュメンタリー作品でした。

ポイントとなったのは、事件当時新時代の捜査方法として脚光を浴びつつあったDNA鑑定の信憑性でした。犯人の動機や犯行の手段と言った、通常の刑事裁判なら重要な論点となる点の解明がなされぬ中、容疑者逮捕の大きな決め手となったのは、MCT118法と呼ばれるDNA鑑定の結果でした。現に地裁から最高裁まで、このDNA鑑定の有効性などを認めて一貫して死刑判決を出した訳ですが、死刑執行された1年後の2009年に始められた再審請求では、驚くことにDNA鑑定の結果が否定されることになります。
再審請求を行った弁護側が、警察庁科学警察研究所が行ったDNA鑑定で使った写真を検証した結果、裁判資料として提出された写真が都合よく切り取られており、また補助点を書き入れていることで証拠能力を補強というか、”でっち上げ”を行っていることを解明し、裁判所もそれを認めることになりました。
普通なら再審請求が認められそうなところですが、現実は逆で、目撃証言や久間の自家用車のシートの繊維が、被害者の衣服に付着していた繊維と一致していたことなどを理由に、再審請求は悉く退けられる結果となってしまいました。因みに目撃証言に関しては、警察の誘導が疑われる経緯も判明しており、少なくとも本作を観た者としては、この裁判結果が極めて不当だったのではないかと感じることになりました。

実際の事件と創作をないまぜにして語る不謹慎を顧みずに言えば、本作で思い出したのは「落下の解剖学」でした。夫の死は妻による殺人だったのか、自殺だったのか、はたまた事故だったのか、真相は明確に解明されずにお話は終わりましたが、最終的に妻は無罪。同作を観て思ったことは、結局裁判と言うのは、事件の真実を神の如く完璧に解明するというよりは、証拠や証言にどれだけ真実相当性があるのかを争うゲームであると言うことでした。

本作で取り扱った「飯塚事件」にしても、久間が本当に真犯人なのか、別の真犯人がいるのかは、正直誰にも分かりません。分かっているのは、最高裁判決が確定し、それに基づいて死刑が執行されたことだけです。重要なのは、一人の人間の命を奪ってしまう死刑と言う刑を確定する最大の論拠となったDNA鑑定が、その後の再審請求では否定されたこと。勿論前述の通り、この鑑定結果がなくとも被告人が真犯人であるという結論は揺るがないというのが裁判所の決定な訳ですが、第三者的には全く釈然としない結果でした。

また、個人的に死刑制度にはどちらかと言えば賛成の立場でしたが、本作を観るとかなりその思いに疑問を持ったことも事実でした。勿論明々白々たる証拠がある凶悪犯を極刑にすべきだという思いも残るものの、技術的に完全に確立されたとは言えないような方法で鑑定された結果を論拠に死刑判決を出すというのは、どう考えても危険なように思えます。
なお、現在ではMCT118法によるDNA鑑定は行われていないそうです。

最後に作品としての総合的な感想ですが、まずは四半世紀も前の「飯塚事件」の自らの報道について、自ら検証を行って記事にした西日本新聞の英断に拍手を送りたいと思います。とかく事件発生時には多くのメディアが繰り返し繰り返し熱心に報道する事件も、年月とともに忘れられがちになります。勿論忘れてしまっても良い事件もあるでしょうが、この事件のように、司法制度とか死刑制度そのものに疑問を投げかけるような事件については、事件そのものやその報道を検証することが必要な場合もあるかと思います。これはメディアだけの問題ではないかも知れませんが、日本ではとかくこの検証作業が疎かにされがちで、そのために問題の本質的な解決が出来ないことが往々にしてあります。
昨今話題の自民党の裏金問題も、事件の解明がきちんとされぬままに政治資金規正法改正の話が先行しています。問題の検証もしないのに、法律を変えたって意味はない訳ですが、実際はそういう方向に進みつつあります。まあ裏金問題に関しては、メディアや野党が全容解明までしつこく粘り強く追及出来るかに掛かっており、またそうした姿勢を有権者が支持できるかにも掛かっている訳ですが・・・
いずれにしても、久間容疑者逮捕という方向を世論形成と言う点で補強する形となった西日本新聞が、自らの報道を顧みる行動を取ったのは、称賛すべきところだと思います。

また、当時の捜査関係者が取材に応じたことについても、一定の賛辞を送りたいと思います。題名にもあるように、彼らは警察官としての”正義”を追求した結果容疑者逮捕に至った訳です。しかしながら、再審請求においてDNA鑑定が裁判所からも否定されるなど、当時とは前提条件が異なる状況になってすら、きちんと取材対応したのは立派と言えると思います。惜しむらくは、DNA鑑定を行った科警研の関係者に対する取材結果がなかったこと。取材を申し込んだのか申し込んでいないのか、申し込んだけど断れられたのか、作品では触れられていなかったので実際のところは判然としませんでしたが、DNA鑑定こそが本件最大のポイントだっただけに、鑑定当事者の話は是非聞きたかったところでした。

2時間半を超える超大作でしたが、実に見ごたえのあるドキュメンタリーであり、そんな本作の評価は★4.5とします。

鶏