「時を超えて人間を映し続ける前衛的な物語」箱男 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
時を超えて人間を映し続ける前衛的な物語
安部公房の原作は1973年に出版されている。一方本作は時代設定を現代に置き換えているが、原作にあった雰囲気は全く揺らいでいない。
小説「箱男」はとにかくアヴァンギャルドで実験的だ。映画の中で永瀬正敏の演じる男が書き綴っていたノートや新聞記事、誰かの手紙、供述書などが筆跡についても言及されつつランダムにつなぎ合わされた構成(手書きのタイトルや字幕、さまざまな筆跡のエンドロールはこういった描写へのオマージュだろう)。ところどころに、安部公房自身が撮影した写真のページが挟まれる(映画冒頭のモノクロ画像はこの写真の一部)。
この独特のストーリーテリングは、たかだか50年経ったくらいでは古さを感じさせない。
個人的な感想としては、正直飲み下しづらい。普通の小説と同じように物語の流れや主題を追おうとすると、全くつかみどころがない気がしてくる。
ただ、箱男という存在と彼が晒される運命は、その時々の時代を生きる人間を映す鏡なのかもしれないとは思う。それもとびきり上等で、曇ることのない鏡。
映画.comの本作特集記事と同様、私も箱男のあり方を見て「スマホやパソコンを通して社会を見る匿名の自分」を連想した。
一方、文芸評論家の平岡篤頼氏による新潮文庫版の解説には、次のような解釈が書かれている(カギ括弧内のみ引用、それ以外は要約。詳細は文庫巻末をご覧ください)。
現代人は流行やしがらみに支配され、そのうえ「ひどいニュース中毒に罹って」おり、「テレビやラジオから離れられない」。箱男になる前の主人公はそのような状態だった。それら情報の供給源を捨て去ることにより、彼の見る「風景が均質になり」、大切だったものと無価値に思っていたものとが同等に見えるようになる。彼は覗き屋から「認識者」へと変わる。(要約終わり)
つまり、箱男は情報過多な世界と自分の間に遮蔽壁を設けた人間の姿であると、平岡氏は解釈しているのだと思う。これは、先述した私の解釈とはある意味逆だとも言える。
また、平岡氏は箱男のこの状態について幸不幸の判別をしようとすること自体「市民の感覚」だとも述べている。
この解説文は約40年前(1982年)のもので、現代人とは当然当時の人々を指しており、テレビやラジオ云々という部分には古さがあるが、人間が情報依存の状態にあると見做し、その状態を脱すると世界の見え方が変わり価値観の転換が起こる、という視点自体は現代にも通用する。
現代の感覚で箱男から想起するネット依存やネット上の匿名性の象徴といった解釈と、40年前の平岡氏の解釈。他にもさまざまな読み解きができるだろう。こういった幅のある考察を喚起するところに「箱男」という物語の凄み、度量の大きさを感じる。
ところが、本作はラストで「箱男はあなたです」というメタ表現をやった。確かに原作にも別の方法でのメタ要素はあるにはあるが、こういった説明じみたものではない。
それは本作を観ている最中に観客が自分でじわじわと感じればよいことで、そこでとどめるからスマートなのであって、わざわざダメ押しで明言して解釈を固定しなくてもいいのではと思った。そこだけ残念(あくまで私の好みの話です)。
俳優陣は、浅野忠信がいい味を出していた。単純に、あの世界観の中で人間臭さが際立っていたから目が行ったというのもあるかもしれないが。腹に一物ありそうなのに憎めないおじさん感を出すのが上手い。少し前に見た配信ドラマ「SHOGUN」でもいい演技をしていた。
小説の箱男の目の部分の穴はもっと大きくて、艶消しビニール幕がカーテンのように取り付けてあるのだが、俳優の目が映らないからビニールはなしにして、ラストシーンのためにスクリーンのアスペクト比に合わせたサイズの穴にしたのかな。
箱男が意外と俊敏に走ったり派手なバトルをこなすところ、贋箱男が葉子に浣腸をされるシーンなんかは笑ってしまった。基本的に難解で好みの分かれる作品だが、そういった動きのあるシーンはコントのように単純に楽しんでもいいと思う。生前の安部公房も、石井監督に「娯楽映画にしてほしい」と言っていたらしいし(大衆的ではないけど……)。
圧倒的な独白で成立している本作は、安部自信の脚色による(砂の女・燃えつきた地図)映画化とは違ってモノローグのみのイメージで後世に残したかったのでは?
だから監督は“娯楽にしてくれ”の底意を汲み取るべきで“やりたいならやってみれば”位に聴いておればこんなに力みすぎることも無かった。
レビュー、特にラストのダメ押し感の評価について、全く同感です!
カーテンから、「チラッ」という視線の表現も楽しみにしてたのですが、そこは致し方なかったかもですね。
イイね コメントありがとうございました。色々 難しい解釈 単純な解釈出来そうですね。
俳優陣も 個性的すぎて良かったです 50年前も 40年前も 人間は変わらないのかもですね。
レビュー拝見させていただき 勉強📚になります。ありがとうございました😊