「権力への執着」ソウルの春 GTOさんの映画レビュー(感想・評価)
権力への執着
1980年の朴大統領暗殺後に起こった、金大中氏等の野党政治家の復権、軍の文民統制強化といった民主化の動き(ソウルの春)を一気に潰した「粛軍クーデター」の初めての映画化作品。独裁者の座を維持でも狙う保安司令官チョン・ドゥグァン(全斗煥)と、正論で彼に立ちはだかる首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)との対決に息をのみますが、作品としては全斗煥を演じたファン・ジョンミンの怪演が光っていたと思います。
上司の不当逮捕で周囲を巻き込んだ後、首相への事後決裁の強要、逮捕直前での逃亡、司令官の命令に反する警備団・旅団のクーデター引き込み、軍首脳部との偽りの紳士協定の破棄、更には米軍司令官の指揮下にある前線の第9師団の私的出動と、組織も正義も無視した予想外の奇策で自己保身のために暴走するファン・ジョンミン全斗煥は、所々でジョーカーが乗り移ったかのような鮮やかさ。結論を知っているのに手に汗握りながら観てしまいました。
これに対して主観的には首都警備司令官に感情移入しながら観ていてる中、最後に後方要員まで含めた100人ほどで、精鋭部隊に攻撃を仕掛けるシーンは、少し「痛さ」も感じてしまいます。(このシーンは、実際には部下に止められ出撃していないようです。)
因みに「粛軍クーデター」までの経過が「2・26事件」と結構似ているなと思いながら観ていましたが(下記【】を参照してください)、日本では、生真面目な青年将校(尉官)が中心で、あんな怪物が出てこなかったことが不幸中の幸いでしょうか。(こちらでは正論として、情勢が有利と言えない中での、昭和天皇の鎮圧の決断が光ります。)
結果的に、「光州事件」まで暴走を続けた全斗煥大統領は、本作で第9師団長を務めていた盧泰愚次期大統領の下で訴追されることになりますが、そんな彼の栄光と転落を、名優ファン・ジョンミンの演技で痛いほどに予見させてくれる本作。日本では地味な事件がらも、人間の権力への執着の恐ろしさを教えてくれる、歴史大作だと思います。
【2・26事件との類似点】
両事件とも国のトップ(朴大統領、犬養首相)の暗殺により、後ろ盾を失った精鋭野戦軍の将校を中核とする軍内派閥(ハナ会、皇道派)が、新しいトップ及び軍内の官僚エリート(参謀総長、陸軍大臣)により、首都圏から排斥されそうになり、これを直接の引き金としてクーデターを起こしている点で類似しています。