「シミュレーションとして興味深い」ソウルの春 LSさんの映画レビュー(感想・評価)
シミュレーションとして興味深い
1979年、全斗煥少将が韓国政治の実権を握った粛軍クーデターを描く。実話を基にしたフィクションと断られており、人名は微妙に変えられているが、全斗煥役も盧泰愚役も本人によく似ている。鑑賞後にWikipedia(日本語版)で事件の記事を読んだら、この映画のあらすじかと思うほど事態の推移が類似していて驚いた。
映画は全編ほぼ軍人しかでてこない。陸軍トップの参謀総長が朴大統領暗殺後の軍内で影響力を強めていた政治結社ハナ会を排除しようとしたことが、チョン少将らの(朴の遺訓にならって「革命」と称する)決起を誘発する。彼ら反乱派が参謀総長を逮捕しソウルの陸軍本部を掌握しようとするのに対し、参謀総長の命を受け首都防衛を担当していたイ少将が必死に抵抗する。
尺は長いが、史実のエピを網羅するためかドラマは薄め。チョンの方はハナ会のメンバーを鼓舞したり、賛同した先輩将軍たちが日和見で苛立つなど感情の起伏も描かれるが、イは(もう一人の主人公にしては)人物像が伝わらない。ドラマとしてより戦略シミュレーションとして見るのが合っているかも。
軍隊の構造、特に部隊と指揮官の階級の関係を知っていると分かりやすい(常に階級章が映っているのは便利)。基本は星が多い方が権限があるが、参謀総長など本部勤務者やチョン少将(朴暗殺事件を捜査する保安司令官)は配下に直属の戦闘部隊を持っていない。
一方、ソウルからほど近い最前線には、精鋭部隊が多く配置されている、直接の指揮系統にない彼らを説得、動員していち早く首都に入城させることが勝利への鍵となる(とは言えこれらの部隊を前線から下げれば北が侵攻しても止められないというジレンマがある)。
また、昔から変わらず、漢江を越えられるかがソウル防衛の分け目ということがとてもよく分かる。
最後に個人的印象だが、当然ながら軍隊とは命令一下の組織なのだなと。革命の大義への賛否を考えるのは指揮官の役割で、数千人の兵士は意思を問われもせず命令でどこへでも行く。なぜ同じ橋を何度も行き来するのか。なぜ同じ制服の相手に発砲するのか。個々の軍人に想いはあっても、それが行動を変えることは(普通は)ない。国家の任務ならともかく、反乱状況でもそうだとしたら、なかなか怖い話ではある。