「つかの間の春 第五共和国への道」ソウルの春 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
つかの間の春 第五共和国への道
ひとりは権力に魅了され、それを奪い取るために自らの力を行使した。ひとりは国を守るためにその力を行使し、立ち向かおうとした。
1979年韓国で起きた粛軍クーデター、本作はその攻防の一夜を緊迫感ある演出でスリリングに描いたサスペンスドラマの秀作である。
青天の霹靂ともいえる朴正煕大統領の暗殺で空いた権力の空白。朴の寵愛を受け、朴に次ぐヨンナム軍閥のトップツーにまで登り詰めていたチョンがその後を引き継ぐのは必然だったのか。
朴正煕の5.16軍事クーデター成功を称賛する軍事パレードを主催したチョンはそれを皮切りに軍内部に朴の親衛グループである私的組織ハナフェを結成した。朴政権下ではもはや軍内部にはハナフェの人脈が腫瘍のように張り巡らされており、クーデターを阻止しようと奮闘したイ・テシンの敗北はその時点で既に決まっていたのかもしれない。彼はチョンではなくハナフェという朴正煕の亡霊と闘っていたのか。
18年もの独裁体制を敷いた朴の死後、政治活動を禁じられていた金泳三や金大中などの野党政治家が解放され、国民は民主化への希望を抱いた。しかし建国していまだ30年余り、民主化に至るには国はまだまだ未熟であった。時期尚早、それを誰よりも知っていたのがチョンだったのかもしれない。そのすきをついての政権奪取。国民の期待はもろくも崩れ去り、つかの間の春は終わりを告げる。
朴の死は単に独裁者が入れ替わるという以外なにものでもなかった。それどころか、チョンは韓国史上最悪の光州事件を引き起こし、いまだ韓国史上最悪の大統領として人々の記憶に残る存在であった。
朴正煕もクーデターにより政権を奪取し独裁体制を敷きはしたが、反面「漢江の奇跡」と呼ばれる経済的躍進を遂げ、国に大きく貢献した。彼の行った開発独裁により貧富の差は大きくなったが、この経済発展により長きにわたる植民地支配に甘んじてきた韓国国民に自信を植え付けたのは紛れもない事実であり、また韓国大統領の十八番ともいえるネポティズムや不正蓄財も行わなかったことでいまだ彼への国民の評価は高い。対してチョンはその真逆であった。そして粛軍クーデターや光州事件の責任を問われ、晩年をひっそり暮らし、没後は大統領経験者ながら国葬に付されることもなかった。
そんな悪の象徴ともいえる全斗煥を演じたファン・ジョンミン。前回も監督と組んだ「アシュラ」でも見事なヒールぶりだったが、今回は実在の歴史上の人物を演じるというだけに苦労もひとしおだっただろう。
すべての決着がついた朝焼けの中、トイレで一人不敵な高笑いをする姿はまさにダークヒーローのジョーカーを彷彿とさせた。
劇中二転三転するシーソーゲームのようなスリリングな展開が繰り広げられるため、また登場人物の名前も実在の人物とは変えてありフィクションということで結末は史実とは異なるのではと思うくらい先が読めなくなった。それくらいスクリーンに引き付けられたがやはり結末は史実通り。イ・テシンの必死の攻防もむなしく、国を守ろうとした彼の思いは人々の民主化への思いとともにもろくも崩れ去るのだった。
日本で軍事クーデターといえば思い浮かぶのは2・26事件。朴正煕は当時十九歳で地元でその事件を知り彼の脳裏に刻み込まれたという。
思えば人事が引き金となりクーデターに発展した点は粛軍クーデターと同じである。当時日本陸軍内で緊張関係にあった皇道派と統制派。その緊張の糸が切れたのは統制派幹部による左遷人事に怒った相沢中佐が永田鉄山を惨殺したのがきっかけだった。その後将校や下士官を巻き込んで1500人規模に膨らんだ兵士たちによるクーデターに発展。クーデター自体は未遂に終わるも、5・15事件から続く軍部によるテロ行為に当時の政府や天皇が畏怖したのは間違いなく、2・26以降統制派の東条英機の軍部での台頭も見られ、次第に軍による実質的な政権支配が現実のものとなる。
何よりそれ以前に起きた満州事変への国民の支持も大きかった。そして軍部による独断専行により日中戦争突入、もはや他国との駆け引き、外交を重視すべしという外交担当の助言も聞き入れられず太平洋戦争へと突入していく。
2・26事件はそれ自体は未遂ながら、軍部による政権の実質的奪取という意味では一連の流れを通して畏怖される軍部の存在感を増大させたおかげでクーデターは成功していたといえるかもしれない。
韓国の粛軍クーデターにしろ、日本にしろ、シビリアンコントロールが効かない軍部による独裁が何をもたらしてきたかは歴史が証明している。
本作は史実通りバッドエンドで終わるが、本作鑑賞後に「タクシー運転手」と「1987ある闘いの記録」を鑑賞すれば第五共和国とハナフェの終焉を見ることができ、落ち込んだ気分が浄化されるだろう。
このような作品が国内興行ランキング一位とはお隣の国の歴史や政治への関心度の高さがうかがえる。ちなみにこの年の日本のランキング一位は「スラムダンク」。あれもいい映画だった。日本って平和だなあ。