劇場公開日 2024年5月3日

「横浜シネマリンはおば様たちで満たされていた。」無名 はるさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0横浜シネマリンはおば様たちで満たされていた。

2024年5月29日
PCから投稿

久しぶりにJR桜木町駅で降りた。昼間の野毛横丁を鴉のように怯えながら抜け運河を渡り伊勢佐木町商店街にでた。さらに少し歩いて根岸道路に出る。そこにこの映画館はある。専らインディーズ映画ばかりが上映される映画館。もう随分前から僕にとってのお気に入りの映画館なのだ。時間は上映開始まで30分あった。半端な時間だった。ロビーで待つか・・と決めて古びたビルの階段を地下へ下り、チケットを買った。愛想のいいおばさんが笑顔でチケットを渡してくれた。照明の暗いロビーには誰もいない。入口から一番近いベンチに腰掛け吉行淳之介の短編を読み始めた。ものの2~3分、年老いた女性がひとり入ってきた。チケットを買わずに僕の隣にゆっくりと腰掛け上映スケジュールチラシを眺めはじめた。そしてまたひとり、続いてまたひとり。すべて女性・・・さらにひとりと、そろいもそろって60歳以上の女性ばかりが静かに集まり始めた。気が付けば30人ぐらいだろうか・・・・しかも誰もがひとり。口を利かないおばさん30人の中に佇む僕は少々居たたまれぬ気分に襲われ始めた。そして静寂。この静けさはいったいなんなんだろうと考え始めたが、もぎり嬢の入場案内で救われた。意味もなく不安な面持ちで映画は始まった。
ファーストシーンは暗がりの中で煙草の煙を燻らすレオンの横顔。かなり老けたなぁと瞬間に感じた。しかし、すべての謎が解けた。ここにいるすべての女性たちの溜息がイッセイに漏れてきた。そんな気がしたのだ。
ストーリー、配役、音楽などもはや彼女たちにどうでも良いのだ。画面から放たれるレオンの眼差し、手のしぐさ。色気以外の何物でもない。スパイらしからぬ笑顔に、そして冷酷なまなざしで拳銃を撃つ腰つきに、ウットリとエクスタシーしている観客のおばさんたちのあえぐ声。映画を観るどころではなかった。
しかし、こんなふうに映画を観たのは生涯ではじめての経験だった。
しばらくは、この映画館を避けることにしよう。

はる