「とてもよかった」RHEINGOLD ラインゴールド 吉泉知彦さんの映画レビュー(感想・評価)
とてもよかった
ドイツのクルド人ラッパーには普段生活していて全く関心が沸かないのだけど、冒頭の刑務所での尋問シーンから引き込まれる。改めて思うのは、刑務所に入るならヨーロッパなど人権意識の高い国だ。アジアや中東、アフリカでは悲惨極まりない。逃亡するにしてもヨーロッパかアメリカかカナダに限る。そんなことを思いながら話は出生時にさかのぼる。そこでもイランイラク戦争での襲撃から難民生活、洞窟の中での出産など、とんでもない展開だ。
なんとかドイツに落ち着いて文明国で暮らしているとお父さんが家庭を捨てる悲劇からの非行で、それまでは難民生活や亡命などまったく異次元の話だったのに、我々の身近な問題が彼らに起こり、それが戦争以上のダメージを与えている。お父さんが出ていく時に、妹が足にしがみついてそれを振り払うのが本当につらい。家庭を捨てるなんて、そこらへんにごろごろある話なのだけど、やっぱりよくない。命の危険と心の危険、ともすればどっちも同じくらい重要な問題だ。
そこから主人公はアウトローとして生きていく。合法と非合法を行ったり来たりしながら恋もして、その割に童貞なのか? 売春宿に行っても遊んでいる風でもない。中東に逃亡した時にナンパしていたから童貞ではないのか?友達に付き合っているだけな感じでもない。あんな結束のなさそうな連中だったのに金のありかには誰も口を割らないし、実話ベースのせいか、物語の定型を無視している感じがリアルだ。
強盗の場面など、もっと面白くするとか派手にするとかしてもよさそうなのに、そうせずグダグダでリアルなため余計にスリルがある。クルド人のゴッドファーザーみたいなおじさんが怖い。コカインの瓶を割ったことを正直に話したらどうなっていたのだろう。
主人公を赤ん坊を含めると4人演じていたけど、顔を似せる気がないのではないか。変わった途端誰か分からない。
ラップのトラックメイカーを訪ねていく場面すごくいい。ピアノの素養があることで認められて、一瞬で意気投合する。そこで「金なんか稼げない、楽しむだけだ」と語るのがリアルだし、芸術家らしくてかっこいい。刑務所の中でのレコーディング、面白い。デビューCDを刑務官に教えられるところの興奮が静かで沁みる。出所してライブをするかと思ったらそんな場面はなくて、プロデューサーとして成功する。