「「男だって泣いていいんだ。」」アイアンクロー レントさんの映画レビュー(感想・評価)
「男だって泣いていいんだ。」
子供の頃はプロレスブームで、今では信じられないだろうけど週末の金曜のゴールデン枠で放送されていた。猪木や馬場が全盛期の時だ。
敵役として有名なのはアンドレ・ザ・ジャイアントやスタン・ハンセン、タイガージェット・シンなどなど。このフリッツ・フォン・エリックは名前は知ってたけど当時あまり見た記憶はなかった。
中盤まではスポコン一家の何気ない姿が描かれていて、長男の死も随分前の話。何が呪いなんだろうと思ってみていた。お父さんも星一徹や亀田の親父に比べるとずいぶん普通に見える。
だが、次男以外の兄弟たちがプロレスに参戦しだしたのを機に怒涛の展開を見せる。もう勘弁してくれ、どこまで行くんだよというくらい重い展開になり結末まで安心できなかった。全く前情報入れずに見たので、最後には会社を売られた父親がライフル片手にケビン一家を皆殺しかなとさえ思った。
体調がいまいちの時に見たのでかなり精神的に疲れた。内容が内容だけに気分が落ち込んでる人は見ない方がいいと思う。ヘヴィ級に重たい内容だった。
エリック家は一見家族愛にあふれた家庭。兄弟同士も愛し合っていたし、その兄弟たちは父を信頼していた。そんな家族がなぜこうも不幸に見舞われなければならなかったのか。
父のエリックはプロレス一本で家族を食わせてきた。家族のために自分を犠牲にしてプロレスをするのは自分一人で十分だと言いながら、彼は息子たちにプロレスを勧める。自分の果たせなかった世界チャンピオンの夢を果たしてもらいたいというエゴからだった。それはけして無理強いではない、お前の意思で決めろという。
しかし、この兄弟に自由意志などあったのだろうか。この父のもとで育てられた彼らは家族のため、そして尊敬する父のためなら何事もいとわない人間として育てられてきたのではないだろうか。
愛する家族のため、尊敬する父のため、それは一見すると美しいのかもしれない。しかしその愛情は本当の愛だったのか。幼い頃から植え付けられたものではなかったか。
家族同士が愛し合っていることは素晴らしいことだ、何が問題あるというのかという者もいるだろう。
しかし彼ら兄弟は自分を犠牲にして家族のためにその身をささげていた。これが国レベルなら愛国心のためにその身をささげるということになる。
今の世界は何かと愛国心を謳う。自分の生まれた国を愛するのは当然、愛する国のために自分の身をささげるという考えを刷り込まれた者たちがかつての大戦でどれだけ犠牲になっただろうか。
この国でも教育改革で愛国心を植え付けようとする動きがある。愛国心とはけして強制されたり、植えつけられるものではあってはならない。それは常に為政者に利用される危険性があるからだ。為政者が言う愛国心ほど危険なものはない。それは一見美しいものだからこそ、その罠にはまってしまえばこのエリック家の兄弟のような末路をたどることになる。
何よりも恐ろしいのは彼らが自分の意志でプロレスをすることを決意したかのようになっていたことだった。それは一見彼らの自由意思で決められたかのように見えるからこそ恐ろしいのだ。そして父親にも彼らに強制したという自覚は全くない。
父は言う、兄弟同士で解決しろと。お前たちは自分の意思で決めた道なのだから自分たちの人生は自分たちで何とかしろと。
これを言われた方はどうしようもない。すべての逃げ道をふさがれてしまったようになる。だからケリーとマイクは自死を選ぶことになる。父を責めるわけにもいかない、自分で決めた道だから、誰かのせいにすることで逃げることもできなかった。
ケビン以外の兄弟はこの世から去ることでしかこの家族愛という呪縛から逃れることは出来なかった。ケビンは自身の愛する家族を手に入れたからこそ、その呪縛から逃れられたのかもしれない。植え付けられた家族愛に縛られない彼自身の家族が彼を救ったんだろう。
「男だって泣いていいんだ。」彼の子供たちが発したこの言葉が彼を呪縛から解放したんだろう。
兄弟になってあげる! と言ってくれた息子たちも結局レスラーになってますが、取りあえず呪縛からは解き放たれてファイトしてるんでしょうか? 今、どこかの団体に所属してるのかは知りません。