「家族をも握りつぶすアイアンクロー」アイアンクロー おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
家族をも握りつぶすアイアンクロー
プロレス好きの父の影響で、プロレス中継を観たり、観戦に行ったりしたこともあり、昔のレスラーも多少は知っています。そんなわけで、アイアンクローと言えば真っ先にフリッツ・フォン・エリックを思い出しますが、その息子たちのことはよく知らず、本作を通して初めて知ることが多かったです。
ストーリーは、アイアンクローの異名をもつプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックに育てられた息子たち、ケビン、デビッド、ケリー、マイクの兄弟は、父の期待に応えるようにプロレス界にデビューし、華々しい活躍を見せるが、その絶頂期に三男のデビッドが病死したことを皮切りに、他の息子たちも次々と悲劇に見舞われたという実話をベースに、“呪われた一家”とまで噂されるようになったフォン・エリック家の姿を描くというもの。
強い絆で結ばれていた家族に降りかかる悲劇は、とても実話ベースとは思えないほどのドラマチックな展開で、ぐいぐい引き込まれます。あのアイアンクロー・フリッツの息子たちに、こんな数奇な運命があったとは全く知りませんでした。厳格な父であったかもしれませんが、愛情をこめて息子たちをたくましく育て上げたフリッツにとって、大切な息子を失うことは身を裂かれるような悲しみだったことと思います。まして、我が子が自死を選択するなんて、親としてこれ以上の深い悲しみはありません。
劇中“呪われた一家”という言葉が何度も登場しますが、終わってみれば、それは父フリッツの呪いだったのでないかと思います。プロレスを愛し、プロレスに取り憑かれたかのように見えるフリッツ。そんな父の姿を見て、父の果たせなかった夢を代わりに叶えたい、父の喜ぶ顔をみたいと、息子たちは自然とそのような思いを抱いたことでしょう。そこに強制はなく、現に円盤投げや音楽の道を目指す息子たちもいましたが、父の心の奥の思いをひしひしと感じ、最終的にはプロレスの道を歩むことを選びます。フリッツが言葉に出さずとも、そこには父の呪縛が確かにあったのだと思います。
そんな息子たちが、少しずつプロレスに心を侵され、蝕まれていくような描写が痛々しいです。父の呪縛によって心を追い詰められた息子たちが、そこからの解放を求めて悲劇的な行為に走ってしまったように映ります。天国で再会した息子たちが穏やかな表情で抱き合うシーン、一人残ったケビンがプロレスから離れて幸せに暮らすシーンが、じわりと沁みてきます。必殺のアイアンクローが、家族の絆を堅く結びつけたものの、その強さゆえに息子たちの人生や命までも握りつぶし、結果として大切な家族を跡形もなく壊してしまったかのように見えたのは、なんとも皮肉なものです。せめてケビンと彼の家族だけは、天国にいる兄弟たちの分まで永く幸せに暮らしてほしいです。
主演はザック・エフロンで、父のいちばんの信奉者であるがゆえに悩み苦しむケビンを好演しています。脇を固めるのは、ハリス・ディキンソン、ジェレミー・アレン・ホワイト、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズら。兄弟役は全員みごとにビルドアップしており、バキバキに鍛え上げた肉体はガチのレスラーのようです。