「終末の神を説き続けたロックンロール創始者」リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング JC-LORDさんの映画レビュー(感想・評価)
終末の神を説き続けたロックンロール創始者
「黒人のアーティストたちがロックンロールの礎を築いた。俺はロックの設計者。…創始者。…解放者だ」と自らを語ったリトル・リチャード(本名:リチャード・ウェイン・ペニマン、1932年12月5日~2020年5月9日)のロックアーティストとしての成功と影響力の大きさ、信仰の回心以後の歩みなど彼の実像に迫るドキュメンタリー。
クイアを公言しジェンダーや人種の垣根
からの解放を意識したロックアーティスト
米国ジュージア州メイコンの田舎町で12人兄弟の3番目に生まれた。父親は、教会の奉仕に携わりながらも生業のほかにクラブも運営し密造酒を造り生計を立てていた。それでも一家の生活は貧しく、豆だけの食事と藁を敷いた寝床で暮らしていた。町にはブルースがあふれていたが、様々な教派の教会が建っている町。リチャードは幼少期から母親とゴスペルを叫ぶように歌うバプテスト教会に通いながら、父親のメソジスト教会では聖歌隊で歌っていた。だが、クイアと呼ばれる常識から外れた言動と性的マイノリティであることを隠さなかったため、父親にはたいそう嫌われ勘当された。仕方なくゲイの客層も来る酒場に住み込みゴスペルやブルースを歌って、その音楽センスが認められていく。
黒人向けラジオから火が付いたデビュー曲「トゥッティ・フルッティ」「のっぽのサリー」など立て続けにヒットし、ディスクジョッキが叫ぶ“ロックンロール”の呼称が浸透し、白人の若者たちにも性的な解放感も受け入れられ広がっていく。だがレコードの売り上げは、メジャーなエルヴィス・プレスリーやパット・ブーンがカヴァーした白人アーティストの方がはるかに多かった。
世の終わりが近いと確信して信仰へ回心
ゴスペル伝道者からロック回帰した苦悩
数多くのヒット曲を出し絶頂期を迎えるが、シドニーツアーの途中に世の終わりが近いことを掲示されるような自己体験から「悪魔の音楽を歌い続けてはいけない」と回心し’57に突如引退宣言して神学を学ぶため大学に入学し、伝道者として福音とゴスペルシンガーの道へ進む。しかし、契約のこじれから作った楽曲の印税が入らなくなり、5年後にはやむなくロックとゴスペルの二律施反なステージへと波乱な展開。一方で英国ツアーなどで無名時代のビートルズやローリングストーンズなどが前座やサポートアーティストを務めるなど彼のロックアーティストとしての存在は深まる…。
十代の時から同性愛者だと公言し、ロックンロールの楽曲、歌唱、パフォーマンスの道程を拓き、’59に終末信仰に回心してからは終わりの日が近い神との和解を説き続けた。傍(はた)から見れば多くの矛盾点を挙げられるような言動に波乱万丈な人生。だが、同時代の仲間やビートルズなど彼をリスペクトするロックアーティストたちを丁寧に取材し繊細なタッチで描かれていく。
本作には挿入されていないが、ゴスペルシンガー時代の’61年にシンガーソングライターのウィリアム・ピットの歌詩にリトル・リチャードが作曲・歌唱した“He’s not just a soldier”が耳の奥に聴こえてきた。「彼はただの兵士ではない、誰かの息子。誰かの恋人。多くの人たちに祈られている人…」と語り掛け、「彼はただの兵士ではない、彼は神の子の一人だ」と、神に召し出されている存在者であることを指し示す。神に愛されている自分をさらけ出し、「神の子の一人」として近づく世の終わりに「神との和解を!」と叫び続けたロックンローラーがここにいた。
監督:リサ・コルテス 2023年/101分/アメリカ/カラー&モノクローム/原題:Little Richard: I Am Everything 配給:キングレコード (3月1日より公開)