「清冽なデビューを飾った主演キャサリン・クリンチは、シアーシャ・ローナンに続くアイルランドの超新星」コット、はじまりの夏 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
清冽なデビューを飾った主演キャサリン・クリンチは、シアーシャ・ローナンに続くアイルランドの超新星
本作については当サイトの新作評論コーナーに寄稿したので、こちらのレビューでは補足的なトピックをネタバレ込みでいくつか書くことをあらかじめご了承願いたい。
まずはコットを演じた映画初出演にして主演のキャサリン・クリンチ。2010年にダブリン郊外の村で生まれたが、評論でも触れたように母親は世界的に活躍した音楽グループ「ケルティック・ウーマン」の結成メンバー。本作が2022年2月のベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした部門のグランプリを獲得したほか、アイルランド国内のアカデミー賞では史上最年少の12歳で主演女優賞も受賞するなど、国内外で高く評価されている。アイルランド人女優のシアーシャ・ローナンも「つぐない」で13歳にしてアカデミー助演女優賞にノミネートされてから順調に国際的スターへの道を歩んだが、キャサリン・クリンチもローナンに続く存在になるのではと同国内外で期待されている。
評論の準備で本作の成り立ちについて調べるうち、アイルランドにおける言語の状況、たとえば第一公用語のアイルランド語よりも第二公用語の英語を日常的に話す国民のほうが多いといったことなども知った。アイルランド映画といえば「ザ・コミットメンツ」「ONCE ダブリンの街角で」「シングストリート 未来へのうた」など大好きな作品もたくさんあったのに、話されているのが英語だということを特に何とも思わなかったのは、今更ながら自分の想像力が足りなかったと反省した。そうした歴史的文化的背景があったからこそ、英語で書かれた原作小説をアイルランド語映画として再構成したコルム・バレード監督の挑戦が同国民に広く支持されたのだろう。
強く印象に残っているシーンとして、評で挙げたもの以外に、コットが全力で走る映像がスローモーションになるのもBGMと相まって感情の高まりを表現し、シンプルながら効果的な演出だと感心した。
そして、あの素晴らしいラストシーン。状況は原作小説を忠実に再現しており、コットの一人称語りの最後の一文はこう書かれている。
“Daddy,” I keep calling him, keep warning him. “Daddy.”
ここでのhimはコットを抱きかかえているショーンを指す。特筆すべきは、彼女が初めて(そして作中では唯一)ショーンを「ダディ」と呼んでいること。実の父親ダンが怒った表情で追いかけてきたことを(気をつけてと)警告する意図で、ショーンに「ダディ」と呼びかけたのだ。それまで、ショーンのことが次第に好きになりながらも何と呼べばいいのか、どういう距離感、関係性で接したらいいのかわからずにいたコットが、人生の大きな選択をしたことを端的に示す秀逸なラストだと思う。その後、めでたくキンセラ家の養子になるのか、あるいは実家に連れ戻されるのかは、原作と同様映画でも観客の想像に委ねられているが、それもまた長い余韻を残す要因になっているのだろう。