「草笛光子。非常にめでたい!」九十歳。何がめでたい 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
草笛光子。非常にめでたい!
綾小路きみまろの漫談でこんなのがあった。
“鏡の前の女の一生”。
10代。鏡の前で、大はしゃぎ。
20代。鏡の前で、にらめっこ。
30代。鏡の前で、美しく微笑んだ。
40代。鏡の前で、遠目の姿に納得した。
50代。鏡を、拭いた。
60代。鏡の前を、通り過ぎた。
70代。鏡を、捨てた。
80代。自分を、捨てた。
そして90代。女性の鑑と言われた。
さすが巧い事言うなぁ、と(笑)。
歳を重ねていく度の女性の心境や嘆きを、毒舌笑いにしつつ、しっかりオチで讃歌する。
だけど、当事者たちは実際どう思っているだろう…?
女性の鑑?
こちとら身体が痛い。目も悪い。頭も痛い。心臓も悪い。世の中も悪い。何もかもガタガタ。あ~あ、早く死にたい!
何がめでたい!
小説家・佐藤愛子。
恥ずかしながら実在の方だと知らず、勿論著書の方も…。こりゃ怒られるな…。
社会を鋭く批判する作風で、数々の文学賞を受賞。長年の活躍・功績から紫綬褒章も。
そんな女史が90歳になって書いたエッセイ。今の世の中に対して思う事を一刀両断。
世の中がコンプラに配慮してなかなか言えない事を、辛口ながらもズバッと言う姿勢が受け、ベストセラーに。
そういや、90歳の女性作家が今の世の中に斬り込んだ本が受けている…というのは何かで聞いた事がある。
それそれ。本作はそれを基にした映画化。
しかし、エッセイを書くまで一苦労。
90となり、断筆を宣言した愛子。
途端に生き甲斐を失い、TVや世の中へ鬱憤を漏らすだけの日々。
ほとんど外出もせず、一緒に住む娘・響子と孫・桃子はまだまだ跳ねっ返りは強いものの何処か元気の無い愛子を心配。
そこへ、出版社の編集者・吉川が訪問。執筆を依頼。
断筆宣言した愛子は書かない、書けない、書きたくない!…の一点張り。手土産持参で何度も何度もしつこく伺う吉川。
90歳の頑固ばあさん対50代のしつこい編集男。壮絶な(?)戦いの結果は…
根負けし、渋々執筆を承諾。ただし、隔週で。
こうして、エッセイの執筆に漕ぎ着けた。
愛子のエッセイ誕生秘話だけではなく、編集者の吉川の訳あり奮闘記でもある。
敏腕編集者として手腕を振るってきた吉川だが…
時代錯誤のパワハラ気質。セクハラの疑いも。若い社員たちから次々訴え。
本人に自覚ナシ。仕事上やコミュニケーションの一環。
問題となり、今の部署を外される。引き取り手の無い吉川はかつての後輩が編集者を務める部署へ。
若い連中とソリが合わず。
その頃編集部では愛子を特集し、執筆の依頼を。が、若い担当編集者は頑固な愛子にKO。
特集のテーマは“4つの時代を生きてきた大先生が今の世の中に物申す!”としたエッセイ。
テーマに面白味を感じた吉川は変わって担当に。
ちょっと今の世の中に取り残された二人だからこそ、面白おかしく、ズバッと!
愛子のエッセイは今の世の中への不満を思うがままに述べたものだが、ただ辛口なだけじゃなく共感も。
例えば、新聞でこんな記事を見て。保育園の新設に近隣住民が反対。子供の声がうるさい、と。
何と嘆かわしい。子供の声がうるさい? 私は子供が元気に叫び、はしゃぎ、笑う声が大好きだ。生きている事を実感し、この国が明るく幸せな証。
その思いは戦争時の体験から。空襲の際は町中が静まり返る。ビクビク怯え、恐怖し、町や人々が死に絶えたかのように。もうあんな思いは真っ平。騒がしいくらいがいい。
暗い時代を生き抜いた人だからこその言葉。しみじみさせるものもあれば、愛子節炸裂の毒舌も。
世の中、年寄りは厄介者扱い。そのくせ敬老の日なんか設けてその日だけは労って、それ以外の日はまた厄介者扱い。年寄りを労れ!
今は何をするもスマホ。人との交流よりスマホ。あたかも得意気そうに。そもそもスマホはアンタが作ったもんじゃないだろう! 自分で成し遂げたものはナシで、何かに頼りっきり。けしからん!
日本人総アホ時代!
正直自分にもチクチク刺さるものあるが、何かついつい頷いてしまう。
吉川は共感しきり。
彼のパワハラへの周囲の反応も過剰。そういう風刺でもある。
世のハラスメントは問題だが、何かとそれに結び付ける過剰な今の世の中にも首を傾げてしまう。
呆れたハラスメント。文の最後の“。”。今の若い連中は威圧感を感じるらしく、“マルハラ”なんだとか。バカじゃねぇの!(←ちなみにこれもハラスメントになるのだろう。ハァ…)
不平不満だけじゃなく、家族の思い出も。
飼っていた亡き犬。北海道旅行の時、狐に教われていた捨て子犬を保護し、“ハチ”と名付けて飼う事に。
が、その頃執筆に忙しく、構ってやれず。寂しそうなハチ…。
ハチが体調を崩す。栄養を付けさせる為に愛子特製の“グチャグチャ飯”を。ハチの前にも2度犬を飼っており、このグチャグチャ飯で長生きした。
ところが、ほどなくして死去。グチャグチャ飯がいけなかったのか、さすがに落ち込む愛子。
犬の気持ちが分かるという友人がハチの焼香に。ハチの遺影を前にした途端、ハチの言葉が…。
嘘か真か。が、その言葉を聞いた愛子の目に…。
吉川もこのエッセイを読みながら…。
“家族”に対して表情曇る吉川。
彼のパワハラ気質は職場だけじゃなく、家庭でも。
家庭の事は無関心。妻や娘の事もほとんど見ようとせず。
うんざりした妻は娘を連れて家を出、離婚も申請。会う事も拒否。
突然の事に吉川は放心状態…。
ある時久々に娘と会う。プレゼントやら用意するが…
プレゼントなんか要らない。一緒に暮らしてた時は見も気にも留めてなかったくせに、何今更?
“家族”というより赤の他人がただ一緒にその場にいただけ。ママが泣いていた事知ってる? もうママを自由にしてあげて!
私でさえ耳や胸が痛い。娘にこんな事を言わせて、吉川は完全KO。
図々しさだけが取り柄だったのに、体調を崩してしまう…。
暫く連絡が取れなくなった吉川に、仮病か…? そんな愛子も…。
エッセイがベストセラーとなり、一躍時の人に。
取材やらTV出演やらネットでの新連載やら慌ただしく。
それが負担になったか、ある日倒れてしまう。しかも、症状は思っていた以上に重く…。
響子からの連絡を受けて、吉川は急いで駆け付ける。
そこで見たのは顔に白い布を掛けられた愛子の姿…。
まさかの展開…?!
軽快なコメディだったのに、悲しい結末に…?
あれ…? 佐藤愛子女史って亡くなったんだっけ…?
いえいえ。現在100歳超え(!)でご健在。ちなみに98歳で再び著書を…!
突然忍び寄った死の影すらも“びっくり”で笑い飛ばす。
所々ベタな部分もある。ベストセラーとなったエッセイを、町行く人々皆が手に持ち至る所で笑って読んでいるシーンはちょっと盛り過ぎ感が…。
でも、本作にはちょうどいいんじゃないかな。
『老後の資金がありません!』に続いて“老後”や“人生のこれから”を題材に。
前田哲監督の演出は、終始カラッと楽しいヒューマン・コメディ仕立て。
唐沢寿明はちとオーバー演技な気もするが、巧く作品を面白く見せてくれる。
愛子の娘役・真矢ミキ、吉川の妻役・木村多江らも好助演するが、多彩なゲストキャストが楽しい。オダギリジョー、清水ミチコ、LiLiCo、宮野真守、三谷幸喜、石田ひかり…。
おそらく“座長”を称えて。言うまでもない。
草笛光子劇場!
言うわ言うわの毒舌辛口。だけど何処かお茶目でユーモラスで品もあり。
役柄と同じ90歳だからこそのハマり役。(本作は草笛光子90歳記念映画でもある)
草笛さんの最近のご活躍。『老後の資金がありません!』で快演を見せたかと思えば、本作ではさらに土壇場。今年も主演映画が公開される。
70年以上も第一線でご活躍されてきたが、まだまだ日本映画界は草笛さんを放っておく事が出来ないようで。
確かに元気な姿を見ているだけでこちらも元気を貰える。
草笛光子現91歳。非常にめでたい!
そんな人生の大先輩からエール。
作品のメッセージや締め括るようなラストの愛子と吉川の対話。
生きづらい今の世の中。
どう生きたらいい…?
嫌われたっていい。迷惑掛けたっていい。
喚いて。もがいて。
憎まれっ子世にはばかるじゃなくて、憎まれっ子世にはばかれ!
いい人になろうとせず、面白い人であれ。
今や人生100年時代。
50代なんてまだまだ半分。
90代で女性の鑑…? いやいや、それ以上になれる。
人生100年楽しまなきゃ損々。
面白く、楽しくあれ!