「衝撃的で素晴らしい映画だけど、もったいない」ビヨンド・ユートピア 脱北 オニオンスープさんの映画レビュー(感想・評価)
衝撃的で素晴らしい映画だけど、もったいない
映画のタイトル通り、脱北にフォーカスした、とにかくリアルで恐ろしい映画。
またこの映画を見て何も出来ない、自分の非力さに嘆くしかなくなる。
ただ漠然と北朝鮮は危ない国ぐらいしか思っていなかったが、想像よりも過酷で恐ろしい国だと痛感した。
北朝鮮へ旅行した方のYouTubeは見たことあるるが、いわゆる表向きの北朝鮮ではなく内側の北朝鮮、恐らく平壌以外のリアルを隠し撮りしたシーンはどれも衝撃的。
見るからに現代的では無い簡易的な家というか小屋や服装、肥料も無いため人糞を使う、インフラもほとんど無い、餓死者が道端に転がっていて、幼い頃から処刑を見せられる、など。
そして何より恐ろしいのが徹底した情報統制と偏った思想を植え付ける教育、凄まじいまでの個人崇拝と、自由がまるでない。しかも昔の出来事ではなく、今も起こっている事。(パンフの文言を拝借、北朝鮮を写した隠しカメラの映像はジャーナリスト石丸次郎氏のもので、彼のネットワークは1998年からカメラを北朝鮮に密輸し2013年までの国内の様子を写した映像、だそうです)
そして、そんな北朝鮮から着の身着のまま命からがら逃げてきた5人家族の脱北に密着したリアルというか「現実」を写し、まさに脱北する過程を確実な手触りを感じられるほどありありと見せつけられ、資料的価値も高い映画であった。
また、本作の見どころであるお婆さんへのインタビューシーン。
ユートピアと教え込まれた祖国への幻想が剥がれ落ち戸惑う様子は非常に胸を打ち、最後の韓国での表情やインタビューだけで、全てを物語っていた。
ただ個人的にはもっとお婆さんや子供達に深掘りして欲しかった。
さらに欲を言えば、ある種洗脳されていた人達が、どのように資本主義や民主主義の社会に適応していくのかまで見てみたかった。
まぁでも、それ抜きでも十分素晴らしい映画で見応えに溢れ、マドレーヌ監督とキム牧師をはじめとした、この作品を世に出す為に尽力してくれた方々の勇気を讃え、敬意と感謝を表したい。
ここからは映画のレビューではなくて、大変失礼な、ただの自論を述べるので、良ければでお願いします。
このような社会派の映画は「権威に依存してこそ」だと思います。
というのも、例として、世界中で大ヒットしている「オッペンハイマー」
この映画は、時間軸を混ぜ内容も難しく予習しないと話もついていけませんし、明らかに大衆向けでなく、個人的にもあまり楽しめず、「大ヒット」している事に正直に言うと疑問です。
ただ「クリストファーノーランだから」「アカデミー賞も受賞したから」などの権威的な理由で多くの人がこの映画を見て、オッペンハイマーや原爆、戦争について考え様々な意見を交えて議論し、結果的に大いに意義のある素晴らしい映画になったのではないかと思います。
なので「ビヨンドユートピア 脱北」は、映画の出来栄えという意味ではなくて、ネームバリュー的にマドレーヌ監督では少しもったいないと感じてしまいました。(貶してる意図は全くありません)
悪名は無名に勝るという言葉があるように一番悲惨なのは話題にもならず、簡単に消費されてしまう事だと思います。
証拠に、衝撃的で革新的な映画であるにも関わらずレビュー数は少なく、東京では大きい映画館での上映もありませんでした。
望むなら、世界的に有名な映画監督に撮って欲しかった、もしくはマドレーヌ監督自身がもっと著名になってから撮って欲しかったです。
そうすれば、映画の持っている力を存分に発揮出来たのではないかと思ってしまいました。
失礼をすいません。
おっしゃること、まるっと共感です。
「自論」も、お気持ち分かります。(私の理解が間違っていなければ)
例えばですが、「PERFECT DAYS」が、ヴィム・ベンダースでなかったら、これほど話題になっただろうかと、常々思っていました。ヴィム・ベンダースが撮った、ということで注目度が高まり、高評価するヒトが続出したのではないかと思います。また、「プーチンより愛を込めて」これはプーチンの人となりが透けて見えるような優れて貴重なドキュメンタリーでしたが、上映館数があまりにも少なくて、世間での盛り上がりどころか気づいてさえもらえないようです。
特に社会派の映画、ドキュメンタリーであれば、人々から敬遠されがち、または特殊なものと受け取られがちで一般の観客の目に止まらないような気がしますが、権威付けがあればこそ話題にもなり一般化されて多くの人が見るようになり、さらには世間での盛り上がりも期待できるものになりそう、ですよね。