劇場公開日 2024年1月12日

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「専制主義体制に盲従する人民を批判できるのか」ビヨンド・ユートピア 脱北 ブログ「地政学への知性」さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0専制主義体制に盲従する人民を批判できるのか

2024年3月2日
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鑑賞方法:映画館

北朝鮮の人権状況を世界に発信
 この映画はメインに脱北の実態を据え、その間に北朝鮮がこのような国家になるまでの歴史的な背景、北朝鮮の内情、特に人々の生活の実態さらに北朝鮮に関する研究者の発言も交えて構成している。こうした要素を取り込むことにより、北朝鮮のことを知らない人にもなぜ大きな苦難を強いられても脱北するのか分かりやすくしている。今更、脱北者から北朝鮮の人民が置かれた状況を伝えられても大きな驚きはない。それでも金王朝がいかに人民を統制しているかを目の当たりにすると言葉がでない。徹底的に外部との接触を断ち切り、独裁体制を維持し易い世界観を人民に信じ込ませて自国をユートピアだと自覚させる。民主的な国家では信じえない、ジョージ・オーウェルの小説「1984」でさえも描き切らないデストピア世界が実在することを理解させたいがためのつくりなのだろう。

非現実的な崩壊シナリオ
 いずれ崩壊すると言われ続けるこの体制が崩壊しないの一端を脱北者家族の言葉が雄弁に伝える。メインストーリー上の三世代の家族の80歳の老女と幼い姉妹の脱北後も容易に解けない洗脳の呪縛は、これが過酷な体制に適応して生き抜く術であったことの証左だ。内部崩壊なんてシナリオが現実化するというのは妄想に過ぎない。

外界の価値観では測れない人民の暮らしぶり
 登場人物が語る生活のレベルは壮絶だ。ただ、これが平壌に住む核心層の生活となると大分違うだろう。映画の登場人物は核心層ではないことが想像される。
脱北ブローカーという必要悪
 この映画ではキム牧師の活動を支える2つの存在を密かに紹介している。いずれも今後の活動にも差し支えないように顔や場所を特定されないようにしている。一つはブローカーと呼ばれる脱北で金儲けをする人たちだ。ブローカーも危険を冒して活動しているので、金を無心するのは仕方ない。しかしながら、ここでも詐欺がいるというのにはやるせない気持ちになる。詐欺かもしれないと疑いながらも自ら脱北したあと稼いだ身銭をはたいて残した家族の脱北を見ず知らずのブローカーにの託す心境は想像してもしきれない。

体制に盲従する人々を批判できるのか
 巧妙な仕組みを三代にわたって築いて来た体制の転覆を計ろうとする人々がいないことに疑問を持つ人は多くいるだろう。ただ筆者が問題意識を持つのは翻って我が国はどうだろうか、民主主義を掲げる国々、なかんずく西欧諸国はどうだろう。我が国では戦後長く自民党体制が続いてきた。幾度かの政権交代が実現したことはあった。それでも非自民政権が長続きした例は皆無である。政治に希望を見出せない、関心がない人々が多く、選挙で投票率が50%に満たないことに驚く人はいない。有権者の過半数の支持を持っていない政治家が大手を振っている。ロッキード事件の賄賂、年金の無駄づかい、リクルート事件、そして政治パーティーのキャッシュバックと脱税と政治家の悪行を挙げればキリがない。それでも多くの国民は毎日規則正しく労働の義務、納税の義務などを果たして生活している。納税を怠れば脱税、追徴課税などの制裁は免れない。碌な説明も出来ない政治体制に声を挙げない国民は、暗黙の政権支持をしている自覚を持っていない。政権に抵抗しないで黙々と通常の生活していることに専念している国民は、北朝鮮の人民と本質的に異なっていると断じられるのか。生まれてくる場所が違うだけで背負う人生の不平等をいつまでもも放置しておくこともまた非人道的だとあらためて考えさせられる。

全文はブログ「地政学への知性」で

ブログ「地政学への知性」