劇場公開日 2024年6月7日

「とても厳しい映画だが観て良かった」あんのこと ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0とても厳しい映画だが観て良かった

2024年7月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

 実話をベースに敷いたハードなドラマで、一体どこまで事実に即しているのだろう…と観終わった後に気になって少し調べてみた。人物設定や物語にアレンジはあるが、基本的には杏が辿った人生はほぼ事実に即しているということである。
 きっとこの映画を観なければ、現代の日本でこのような事件があったという事を知らずにいただろう。それを知ることが出来たという意味でも今作を観て良かったと思う。と同時に、杏のように過酷な状況に置かれた少年少女が他にもたくさんいるのではないか…などと考えさせられてしまった。

 物語は大きく前半と後半で切り分けることが出来ると思う。
 前半は杏が刑事の多々羅、新聞記者の桐野と交流しながら更生していく…というドラマで、凄惨な過去から抜け出して徐々に人並みの暮らしを送れるようになっていく姿が清々しく観れた。
 しかし、物語は中盤で多々羅の”ある秘密”が判明することで徐々に暗雲が立ち込めていくようになる。後半は一転、杏一人を中心としたドラマになり、彼女が再び破滅の道を転落していくようになる。
 観終わった後には、実話ベースの重みもあり何とも言えない気持ちにさせられた。

 劇中では新型コロナウィルスが社会に与えた影響も大きく取り上げられている。誰もが経験したであろう、このパンデミックはそれまでの日常生活を一変させてしまった。杏が勤める介護施設や夜間学校も閉鎖され、彼女の夢や希望は失われてしまう。こうした社会背景を如実に反映させた所に本作のリアリズムがあるように思う。自分は決して他人事のように観れなかった。
 また、桐野が書いた記事が杏の運命を狂わせてしまうが、ここにはメディアの功罪という問題が隠されているような気がする。彼は正義のために取材したことは間違いない。しかし、その影で杏のように嘆き悲しむ人もいるということを忘れてはならない。
 更に、杏の境遇には毒親の問題、後半のドラマのキーとなる隣人のシングルマザーにはネグレクトの問題が確認できる。
 このように様々な社会問題を提示して見せた所も、今作の注目すべきポイントのように思う。

 監督、脚本は入江悠。「SR サイタマノラッパー」で注目され、今ではメジャー作品も手掛ける作家だが、基本的には今作のようなインディシーンに軸足を置いている人だと思う。
 …と言いながら、自分は「SR サイタマノラッパー」の1作目と3作目しか観たことがないので大層なことは言えないのだが、それでも手持ちカメラによるドキュメンタリックなスタイルはメジャー映画とは一線を画したシビアさを観る者に突きつけてくる。クローズアップの多さも特筆すべきで、画面にヒリつくような熱度と臨場感をもたらし、終始目が離せなかった。

 アバンタイトルのシーンを含め、時制を交錯させたトリッキーな構成も特徴的と言える。ただ、隣のシングルマザーが児童相談所を訪れるシーンの挿入は唐突に思えてならなかった。結果的にこれはラストシーンに繋がるわけだが、ドラマへの集中力を欠く不要なカットバックだったように思う。

 終盤、日記の紙切れが舞う演出も少しメロウすぎて自分には受け付け難い。リアリズムを重視した本作では浮いて見えてしまった。

 キャスト陣では、何と言っても杏を演じた河合優実の熱演。これに尽きると思う。序盤はほとんどセリフらしいセリフがなく荒んだ表情だけで見事に強烈なキャラクター象を創り上げている。後半からは憑き物が落ちたような清廉さを見せ、これも印象的だった。
 一方、多々羅を演じた佐藤二朗は独特のユーモアで妙演していると思うが、やや臭い芝居が鼻についた。リアリズム重視の本作には余り向いてないという気がしてしまった。

ありの