「言葉に出来ない絶望と悲しみ」あんのこと luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
言葉に出来ない絶望と悲しみ
前評判も良かったのでぜひ観たいと思っていたものの上映館が思いのほか少なくてタイミングが難しかったのだが、ここに来てようやく観れた。
予想はしていたが、あまりにも辛く悲しい物語だった。僕はオッサンなので杏と同じ世代ではないが、それでも同じ日本に産まれたわけだし、広い意味では同じ時代を生きてるとも言えるだろう。そんな僕には到底考えられないほど過酷で絶望的な人生がそこにあった。その事実はあまりに重過ぎて、僕の心に深く刺さった。
もちろん知識として社会にそのような世界があるのは当然知っているし、それをある程度リアルに想像する事も容易に出来る。でも、やはりそういう問題ではないのだ。「知ってる」というのは所詮「知ってるだけ」に過ぎないのだから。最近の世の中における風潮で強く思うのだが、「知ってる」というだけで「分かったつもり」になってはいけないのだ。自分が分かった気になっているだけで、本当は何も分かってないのだ。本当に何ひとつ分かってないのだ。杏がどんな気持ちで生きて、そしてどんな気持ちで飛び降りたのか。なぜあの若さで自ら命を絶たなければならなかったのか。僕らは本当に何も分かってないのだ。
「人の気持ちを分かったような気になるな」
そう言われてる気がした。
杏の、恥ずかしそうにはにかむ顔が脳裏に焼き付いて離れない。
杏の、お年寄りや子供に優しく接する笑顔が忘れられない。
本当は良い子だったんだよなあ。産まれた所が悪かっただけで。
クスリに溺れていたのを助けられ、少し人を信じ始める杏。
日記を購入し、慣れないペンで毎日「丸」を書き綴る杏。
人見知りなのに学校へ行き、学ぶことの楽しさを知る杏。
人の優しさに触れ、働く喜びや誰かの役に立つ幸せに気づく杏。
子どもを預かり、世話をする事で生きる価値を感じ始める杏。
些細な毎日、些細な幸せをコツコツ丁寧に積み重ねる杏。
そんな彼女が、なぜ死ななきゃいけなかったのか。
そんな彼女が、なぜ死ぬしかなかったのか。
もう本当に。本当に涙が溢れて止まらないのですよ。
まるで自分の子どもかと思うほど感情移入してしまった。
だからこのレビューを書くのもめっちゃ辛かった。
ところで多々羅という人間をどう捉えるか、非常に意見が分かれる所だと思う。彼は杏をどう見ていたのか?杏をどうするつもりだったのか?ここは最後まで明確にはならなかったわけだが、僕は彼なりの「善行だった」と思っている。とは言え彼がクソ野郎である事は間違いない。ここがポイントだ。
昔ハーヴェイ・カイテル主演の「バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト」という映画があったが、この作品は僕の人生の中でも3本の指に入るであろう傑作だ。(ただし分かる人にしか分からない世界観だと思う)
どんなクソ野郎でも、最初からそんな人生を望んでいたはずがない。誰も最初から悪い人間になりたいなどと思うわけがないからだ。誰だって幸せになりたいし、良い人間でありたいし、尊敬される人間でありたい。本来は誰だってそうなのだ。でも自分が決して良い人生を歩めるような種類の人間ではないという事を、意識するかしないかはともかくどこかのタイミングで悟るのだと思う。そうして人は転落していくのだ。でも転落しながらも少しだけ運命に抗ってみる。どんな形にせよ誰かを助ければ何とかなるのではないか。良い行いをすれば良い人間になれるのではないか、と夢を見るのだ。本当はもう手遅れでどうにもならないのに。そんな儚さを描いたのが「バッド・ルーテナント」という映画だ。その主人公(刑事)と多々羅という刑事は非常に被るものがある。いやそれどころか本当にハーヴェイ・カイテルがモチーフなのではないかと思うほどによく似ている。だからとても心揺さぶられるものがあるのだ。
自分の欲望に忠実なだけのクソ野郎でも、心のどこかには良い人間でありたいと願う気持ちがあり、それはそれで決して嘘ではないのだ。もちろん誰にも理解されない事ではあるのだけれども。そういう人間の愚かさも同時に描かれているのが個人的にはとても良かったと思う。
ちなみに杏が母親を刺そうとするシーン。
自分だったら間違いなく刺してるんじゃないかと思った。
でも杏は刺せなかった。最後まで優しい子だったのだ。
そして母親を殺す代わりに彼女は自分を殺した。
それがまた悲しくてたまらなかったなあ。
ずーっと「あんのこと」を考えてしまう。
そういう意味では入江監督の術中にまんまとハマったのかも知れない。
luna33さん
共感&コメントありがとうございます。映画も考えさせられましたが、luna33さんのレビューにもとても考えさせられました。善悪どちらの多々羅も本物だし、杏のピュアさにも心打たれたのでバッドエンドには後味が悪すぎでした。
コメントありがとうございました。
「医療従事者やソーシャルワーカーに感謝を」などという謳い文句で飛んだブルーインパルスでしたが、あんのような立場からみたら、「社会に捨てられた」という思いにすらなるのではと感じます。
luna33さんの、「母親を殺すかわりに」という指摘は、心からなるほどと思いました。
「空白」は映画館で観ましたよ〜
ぞぞぞっとした印象がよみがえります。あれもまた衝撃作でしたね。
なかなか過去に遡ってのレビューが追いつかない日々😅
おすすめありがとうございました。
どうしても思い出すことがあり罪のない被害者側の傷につい過敏に反応しがちな私にはみなさんのレビューは受け止め方を学ぶきっかけになりありがたいことだと感じます。
多々羅の、彼なりの善業が、転落を認知しながらの抗いであること、人間の愚かさの表現でもあること。
とても興味深かったです。
他作への共感もありがとうございました。
大吉さんにもバッド・ルーテナント』ぜひ観て頂きたいです!
おそらく色んな受け取り方がある作品だと思うので、色んな意見が聞きたいです。僕もいま観たら、もしかしたら違う感想になるかも知れないですしね。
大吉さん、コメントありがとうございます!
僕も外でスマホを使いレビューの下書きを書き始めたら泣きそうになって慌てて止めました。その後も書き始めると涙が堪えられなくて書き上げるの大変でした(^_^;)
書いてる時ってものすごく情景を思い出すんですよね〜。
コメントありがとうございました。luna33さんのレビューのあんが些細なしあわせをコツコツ積み上げていくとこれらを読んでいたら涙が出てきました。ほんとに優しい子だったんですよね。街で見かけるちょっと避けたいような若者たち、見方を変えないといけないなと思いました。
分かったつもりではいけませんが。
uzさん、貴重な情報ありがとうございます!
まさかこの話で盛り上がるとは(笑)
聞いてからすぐに調べたら新文芸座でも上映してたんですね。先に知っていれば絶対に行ったのに。
残るチャンスは目黒のみになりそうなので何とか行けないものか作戦を練ってみます。
まさか、ゆきさんまで反応するとは。笑
リバイバルの『バッド・ルーテナント』はハーヴェイ・カイテル版です。
HPを見ると、今年各地で上映されていたらしく、遂に来月横浜に上陸するようで。
(目黒と横浜が最後みたいですね。)
いや、なんかどんどん期待値上がってきました!
ゆきさん、コメントありがとうございます。
読み返すと確かに重いレビューでしたね〜。まあ書いてて号泣してましたから(笑)
なんか書いてる時が一番思い出しちゃうんですよね。
『バッド・ルーテナント』、もし可能だったら僕も観たいです!
こんばんは。
とても鋭い説得力のあるレビュー拝読させて頂きました。
私の想像では補えなかった、多々羅という人間を理解出来た気がします。
作品もとても重たい内容で、luna33さんのレビューもとても重たくて。。落ち込みました( ; ; )
「バッドルーテナント」来月リバイバルされるんですか??!!
ハーヴェイ・カイテルverだったら絶対行きたいです!
かばこさん、コメントありがとうございます!
多々羅には天使と悪魔が同居してるのだと僕は思います。でも誤解を恐れずに言えば、結局のところ人間は大なり小なり皆そうなんじゃないかとも思うんです。
サルベージに通う女に手を出し乱暴する多々羅も、皆の前で話せるようになった杏を抱き締める多々羅も、紛れもなく同じ人間なんだと。
つまりどんなに醜い人間にも、僅かばかりの良心はあったりする。
それがまた切ないわけですね。
性悪説はたぶん、正しいと思いました。。
多々羅は、人の弱みにつけ込む最低なヤツと熱血で力になろうとする「良いヤツ」が同居している人格なのか、下心を成就させるために熱血だったのか。。なんかこういう人リアルにいそうです。
uzさん、コメントありがとうございます!
杏が刺そうとした時、思わず「やめろっ」と、つい口に出してしまった事を白状します。
ところで『バッド・ルーテナント』リバイバルするんですか?!
そんな奇跡があるのかっ!ちなみにハーヴェイ・カイテル版の方ですかね?
だとしたら絶対にオススメします。(もし好みが合わなかったらスミマセン)
uzさんの感想が聞きたいです。タイミングがあればぜひ教えて下さい!
包丁を手にした時は、止めることも代わりに刺してあげることも出来ないのが悔しかった。
ちなみに、来月『バッド・ルーテナント』をリバイバルで鑑賞予定です。
思いがけずタイトルを目にして、しかも「傑作」とあって楽しみになりました。