「2011年、東日本大震災から5日経った頃。 信託銀行に勤める小村(...」めくらやなぎと眠る女 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
2011年、東日本大震災から5日経った頃。 信託銀行に勤める小村(...
2011年、東日本大震災から5日経った頃。
信託銀行に勤める小村(声:磯村勇斗)の妻・キョウコ(声:玄理)は、発災後テレビのニュースを見続けて一睡もせず、置手紙を残して失踪した。
仕事ぶりが冴えない小村は組織長から退職を勧められるが、失踪した妻の捜索のために休暇をとる。
何もやる気がしない小村を見てか、同僚は彼に届け物を頼む。
北海道で暮らす妹へ中身不明の小箱を届けてほしい、と。
一方、小村の同僚・片桐(声:塚本晋也)が多額の融資が焦げ付きそうになっていた。
ひとり暮らしの部屋へ帰宅すると、人間大のかえる(声:古舘寛治)が待っていた。
かえるくんと名乗り、東京に迫る巨大地震を回避するため、地下のミミズと戦う自分を応援してほしい、と奇妙な依頼をしてくる・・・
といった物語で、まぁ、わかりやすい物語があるわけはない。
捉えどころのない物語は、最近みた『墓泥棒と失われた女神』も同じだけれど、好みからいえば、本作の方が好み。
物語は捉えどころがないが、通底する主題は明確で、エロスとタナトス、生と死。
本作では、タナトスの方が勝っており、死の雰囲気、生への不安が、いずれのエピソードにも充満している。
村上春樹の原作小説は未読だが、彼の作品は20数年前にかなり読んだ。
最も村上春樹らしいと感じたのは、中身不明の小箱を届けるエピソード。
小村は、そこで初対面の女性と肉体関係を持つのだが、ぼんやりとした生のなかで、性を介して、生を感じるというは、かつて読んだ彼の小説群によく登場していた。
また、失踪したキョウコが古い友人に語る二十歳のバースデイのエピソードも、彼の小説らしい雰囲気。
彼女が望んだ願い事の中身は観客に明かされることもなく、実際に叶ったかどうかも明かされない。
小箱の中身といい、キョウコの願い事といい、生の本質は明らかにされるべきではないもの、つまり、死衣をまとったものなのかもしれない。
かえるくんと片桐のエピソードも秀逸で、設定としては『すずめの戸締まり』と同趣向である(『すずめ~』の方が後だと思うが)。
ミミズとかえるくんの闘いは、片桐が昏倒している間に行われ、行われたかどうかも不明。
想像は現実を凌駕することもあり、想像が現実を超えることもある。
この映画では、多くのことが明示されない。
しかしながら、生も死も明示的ではないのだ。
付け加えれば、性さえも。
不確かなものには、実感が伴わない。
ときおり、ぬるりと顔を出してくる。
それを、捕まえようと試みるが、やはり、ぬるりと逃げてしまう。
そんなことを考えさせられ、感じさせる秀作でした。